第623回 それって誰の常識?
春の兆しを感じて俄然、取り組みたくなったことがあります。「片づけ」です。私はBS朝日で毎週放映しているやましたひでこさんの断捨離番組のファン。いわゆる「汚部屋」に暮らす人たちが、やましたさんの叱咤激励で見違えるような空間を手に入れる様子が映し出されます。生まれ変わった住まいで新たな生き方をめざしていかれる姿に私も勇気づけられるのですね。
そこで先日、私も大々的な断捨離に取り組みました。持ち物を改めて見直し、「まだ使えるから」はNGワードにしました。「これを使う私は幸せか?」を基準にしたのです。はかどりました。
確かに大枚をはたいて買ったものを処分することには罪悪感を抱きます。でも、使わなくなったモノを見ることの方が心が痛むのです。たとえば洋服。「この服を着て挑んだあの仕事、イマイチうまくいかなかったなあ」などのネガティブ記憶があったりします。これを見るたびにその時の感情が呼び起こされてしまう。ならば手放した方が精神衛生上良いと思うのです。
私が敬愛する精神科医・神谷美恵子先生は、大量の蔵書をひもでくくり、「これはもう卒業しよう」と言って処分していたそうです。ジャーナリストの千葉敦子さんいわく、どれだけ大金をつぎこんで購入したとしても、自分に合わないものと共存するのは時間がもったいないとのこと。確かにそうですよね。
さて、片づけの続き。
キッチンに関しては、食材や食器が色々な棚に散逸していると改めて痛感。そこで同じ系列のものは近くに置くことにしました。乾物類は常温保存していたのですが、パッケージをよーく読むと「開封後は冷蔵庫へ」とあります。また、詰め替え時に入りきらなかったものが棚の奥にあるのを発見。詰め替えは確かにお得ですが、入りきらないと死蔵品になりかねません。
こうして断捨離を進めるうちに、あることに気づきました。それは「世間が言うところのハウツー『だけ』がすべてではない」ということ。たとえば、収納や料理などには色々なメソッドがありますが、ネットや雑誌に書かれていることが唯一の正解ではないのです。「隙間空間はこういう収納家具で解決」「特売日に食材を買って下ごしらえして冷凍」なども、「今の自分」に合っているなら導入すればよし、そうでなければ取り入れなくても構わないのです。先の「増量お得詰め替え分」は私の場合スペースをとるだけなので、やはりこれからは「適量」を購入しようと思いました。
もう一つ、「常識」を捨てたこと。それは「プラスチック衣装ケース」についてです。オフシーズンの服をここに入れてクローゼット上段に置いていたのですが、衣替えのたびに棚からよっこらしょと運びおろすのが苦痛でした。ケースの中身を改めて見てみると、服の量としてはさほどありません。そこですべて取り出し、大きめの紙袋(オシャレなショップの紙袋をここで活用)に入れ、使わなくなったバンダナやスカーフでカバー。これを上段に入れたところ、軽いので出し入れがしやすくなりました。世間の常識より自分の心地よさです。
ちなみに私の場合、仕事面で「世間の常識」から離れていることがあります。それは「通訳現場での紙資料愛用」です。今やPDFでクライアントから送られてくることがほとんどですが、私はこれをあえて印刷しています。タブレット端末で書き込む機能もありますが、紙に手で書きこんだり、資料をノリで貼り付けたりという作業「そのもの」が、私にとって仕事へのモチベーションアップ行為なのですね。
何事も「それって誰の常識?」とまずは考えてみる。そして我が道を行く。人生100年時代ですから、自分らしく生きなければ!!
(2024年2月27日)
【今週の一冊】
「おかあさんのおかげだよ」コビ・ヤマダ著、ナタリー・ラッセル絵、前田まゆみ訳、パイ・インターナショナル発行、2022年
我が家の子どもたちが幼い頃、絵本の読み聞かせをするのが寝る前の習慣でした。当時のお気に入りは「うたえほん」という一冊。童謡が楽譜付きで掲載されていました。つちだよしはるさんの絵はほのぼのとしており、癒されましたね。
ただ、その中で一曲だけ私にとっては辛い歌がありました。「おかあさん」(田中ナナ作詞、中田喜直作曲、1954年)という名曲です。メロディに歌われているおかあさんは、それはそれは慈悲深い人。それに比べて私はと言えば、当時いろいろなことを抱えて生きており、程遠い状況でした。ゆえに、この歌詞は自分の不甲斐なさをあらわにするように思えました。あのころは私が考える理想の母親像と現実の自分のギャップに戸惑っていたのです。
あれから長いこと、私は「母親」という存在に関して模索し続けてきました。試行錯誤しては失敗から学び、少し進歩したかと思うとまた後退ということを繰り返しました。
でも、あきらめてしまったら前進できません。そんなときに私をささえてくれたのが絵本でした。今回ご紹介する作品は、子どもから見た母親への感謝を描いた一冊。読むと心が温かくなります。そしてようやく私はわかったのです。親というのは、別に子どもを「指導」したり価値観を押し付けたりしなくて良いのだ、と。何があっても我が子を信じて味方でいられれば、それで十分なのだ、と。
このことに気づかされた一冊でした。
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