INTERPRETATION

第618回 今学期も終了!!

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先週、大学の授業が終了しました。

私は通訳とメディア英語を担当しているのですが、毎学期、本当に素晴らしい学生たちに恵まれています。特に今年度在学している学生たちは、コロナの影響を真正面から受けています。高校時代に修学旅行や体育祭を我慢した学生たち。一方、現4年生は大学入学直後がオンラインで、楽しいはずのキャンパスライフを堪能できませんでした。どの学生たちも本当に本当によく頑張ったと思います。

コロナは幸いなことに落ち着き、前よりも自由に物理的移動ができるようになりましたよね。しかし、世界を見渡せば以前よりも緊迫した情勢が続いています。私が大学を卒業したころはまだ日本経済が元気で、日本という国自体の世界におけるプレゼンスがありました。しかし今や「日本は生活費と人件費が安い」という理由で海外企業が日本に注目しています。日本の経済力ゆえ、ドル円課題ゆえでもあるのです。これは私が学生のころ、「人件費の安さを求めて海外進出する日本企業」の逆バージョンです。

こうした現状に生きる中、これから社会に出るみなさんに伝えたいことがあります。今日はそれについて具体的にお話しますね。

就職すると、今までとは異なる環境に身を置くことになります。最初は戸惑うこともあるでしょう。思いがけない出来事に遭遇してしまうかもしれません。そのような際、状況や全容が見えるまでの少しの間だけ「忍耐」をしてほしいのです。今の時代は転職も自由ではありますが、せっかくご縁があって入った会社です。辛さゆえに即・動くのではなく、ほんのちょっとだけ耐えてほしいのです。

私が言う「忍耐」は、昭和の頃のようなスポ根ではありません。あのころはどんな理不尽なことをされようと言われようと、耐えることが美徳でした。「石の上にも三年」という価値観が良しとされていたのです。でも、もう時代は違います。よって、そこまで自分を無にすることはないと私は思うのですね。自分なりの期限を設定し、それまでの間だけ、プチ我慢をしてみる。そうしている間に鳥瞰図的に状況が把握でき、打開できることもあるからです。

けれども、その我慢期間が過ぎたり、あるいは自分の心身が悲鳴を上げたりし始めたら、次のステップを踏むことになります。それは「建設的意見を述べること」です。いつまでも我慢することはありません。しかるべき時期になったら助けを求めたり、改善につながるような建設的見解を述べたりする権利があります。当事者に直接伝えることが難しければ、信頼できる人経由でも良いでしょう。会社であれば担当部署もあります。伝え方は口頭でもよし、文書でもよいと思います。とにかく忍耐期間が過ぎたら、自分の思いと建設的意見を相手にコミュニケートすることが大切です。

心理学者のアドラーは「課題の分離」と述べています。それまで「自分の課題」であったものを、今度は「相手の課題」として投げかけたら、その後は相手方の課題となります。自分ができる限りのことをやった以上、あとは相手次第なのですね。自分の取るべき行動をとった後はあれこれ悩まず、先方の出方を待つことになります。もし幸いにも改善されれば、双方にとって実り多き展開になると思います。

でも、状況が変わらなかったら?

残念ながら、生きているとこうした「無変化の展開」に陥ることがあります。どれだけこちらが誠意を尽くしても、あるいは伝え方において手を変え品を変え工夫をしても、まったく変わらず、ということもあるのです。なかなかキツイですよね。

こうなったらもう仕方ありません。あとは自分次第です。「思考停止してなるべく考えないようにして現状の中で我慢して生きるか」、あるいは、「見切りをつけて新しい人生を選ぶか」のどちらかしかありません。この選択をするのは他でもない自分なのです。

私の場合、大学進学や就職、転職、その他人生の岐路において様々な2択に遭遇してきました。そしてその都度、「後悔しない選択肢」を選びました。決してたやすくはありませんでした。でも、選んだことによって、新しい世界、新たな分野、今まで知り得なかった人との出会いに恵まれてきました。その分、「過去」や「安定」は失いましたが、それ以上に新たな恩恵と幸せに巡り合えたと感じています。

これから社会に出るみなさんにとって、幸多き日々がやってきますように。

(2024年1月23日)

【今週の一冊】

「かなしみがやってきたら きみは」エヴァ・イーランド著、いとうひろみ翻訳、ほるぷ出版、2019年

目下の私のテーマは「孤独」。別に私自身が孤独にもがいているわけではないのですが、人生の課題として一度はじっくり考えてみたいと思っています。私はもともと一人で行動するのが好きで、大学時代から一人旅を楽しんできましたし、特にここ近年は「おひとりさま」ということばのお陰で、一人カフェ、一人映画、一人美術鑑賞などから多くの学びを得てきました。

とは言え、誰でも悲しみや孤独感に見舞われることは生きている限りつきもの。そこで絵本を通じて学びたいと思い、本書を選んだのでした。ちなみにこの本との出会いは幸せな偶然から。お気に入りの絵本カフェのスタッフさんセレクトです。

さて、本書に出てくる淡いグリーンの「かなしみ」は、お化けのよう。小さな坊やの後にくっついてきます。そこで坊やが思いついたのは、その「かなしみ」と向き合うこと。一緒に話したり時間を過ごしたりします。最初のうちは口がへの字だった「かなしみ」も、物語の終わりに向かうにつれて表情が変わっていきます。

苦しみや悲しみの最大の解決法は「時間薬」とよく言われます。そのことを思い起こさせる一冊でした。著者のイーランドさんはオランダ人でイギリスを拠点とするアーティスト。私自身、オランダとイギリスで幼少期を過ごしたため、この絵本との出会いに運命を感じたのでした。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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