INTERPRETATION

第613回 声への工夫

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日、NHKテレビ放映の「チコちゃんに叱られる」で取材協力させていただきました。テーマは「人はなぜ同時通訳という行為ができるのか?」。学術的な分析がなされており、その実証実験で私が数分間の映像を同時通訳して質問に答える、という形式でした。楽しい話題でしたので、なるべくそれを反映したいと思いつつ通訳しました。

通訳をする際、私が個人的に大切にしていることがあります。それは「話者になりきること」。話し手が楽しそうであれば私も楽しく、シリアスであれば私もそのような気持ちにするようにしているのですね。私はデビュー前、展示会場や無料セミナーなどに通いつめ、現役の大先輩方の同時通訳を拝聴していました。プロがどのように通訳しているのか、自分はどういった通訳者をめざしたいのかを確立させるためでした。

その時、耳にしたのが小松達也先生の同時通訳です。登壇者はヴァージン・アトランティック航空のリチャード・ブランソン会長。ブランソン氏は原稿なしで舞台上を左右に行き来しながらスピーチ。小松先生の通訳を聞いていると、ブランソン氏自身が日本語を話しているかのようでした。氏は自著に書かれているエピソードを色々と紹介していたのですが、小松先生はブランソン氏よりも先にその内容をわかりやすく通訳なさっていたのです。つまり、予習段階ですべてを頭の中に叩き込んでおられたからなのですよね。ブランソン氏のにこやかでエネルギッシュな語りをそのまま先生は反映なさっていました。

一方、別の機会で直接拝見したのが西山千先生の通訳。当時私が通っていた松本道弘先生の弘道館に「松本先生の師匠」としてゲストでいらしたのです。そこでお披露目となったのが師弟による同時通訳。松本先生の日本語を流暢に西山先生は英訳されていました。松本先生の声のトーンにそっくりで、呼吸がぴったり合っていました。この日の光景も私の「理想とする通訳像」につながっていったのです。

声には不思議なチカラがあります。真剣なトーンで話したり通訳したりしていると、私の表情や体も若干こわばる印象です。一方、リラックスした状態であれば、心も和やかになり、体もほんわかしてきます。自分の口から発する音に過ぎないのに、色々な影響をもたらしてくれるのですよね。

「幸せなら手をたたこう」という童謡がありますが、もしかしたら自分の声で自分を幸せにできるのではないか。そのように最近の私は感じます。12月10日放映の日テレ「笑点」では阿佐ヶ谷姉妹の美穂さんが、低い声から急に高い声で電話口の「もしもし」を言って会場を爆笑させました。こうした高めの声やよそ行きの声も、もしかしたら気持ちをアップさせてくれるかもしれません。

ちなみに最近私はラジオにはまっています。中でもJ-WAVEのジョン・カビラさんや別所哲也さんのお話をシャドーイングすることに凝っています。声の幅や話し方が実に多様。トーク自体も楽しく、元気をいただきながら通訳現場に反映させたいなと思っています。

(2023年12月12日)

【今週の一冊】

「イラストで読む 新約聖書の物語と絵画」杉全美帆子著、河出書房新社、2021年

英語学習をする上で押さえておきたい3大古典。それが聖書、ギリシャ神話、シェイクスピアです。この3つを知ることで英語という言語の背景や思想的な部分が理解できるようになる、と私は恩師から言われました。ただしすべてを読破するのは至難の業。そこで手に取ったのが今回ご紹介する一冊です。

著者の杉全さんはグラフィックデザイナー。イタリアで本格的に学ばれたそうです。優しいタッチのイラストはわかりやすく、有名な聖書にまつわる絵画もたくさん紹介されています。

中でも印象的だったのが聖ヒエロニムス(St Jerome)に関する記述。ヒエロニムスはギリシャ語の聖書をラテン語に翻訳したことで知られます。私自身、通訳や翻訳の仕事に携わっているため、ヒエロニムスにはこれまでも注目してきました。なお、ヒエロニムス関連の絵画にはなぜかライオンがいるのですが、本書の解説でその謎がわかりました。まさに「忠犬ハチ公」のような存在!詳細を知りたい方はぜひ本書をひもといてみてくださいね。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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