INTERPRETATION

第608回 サプリとアプリ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

タイトルを書きながら思わずジェフリー・アーチャーの小説「ケインとアベル」や、ヨシタケシンスケさんの絵本「メメンとモリ」を連想してしまいましたが、今回は運動と英語学習のお話です。

最近私は筋トレを復活しました。2020年春にコロナでジムがお休みになり、我が運動もさぼりがちに。世の中が少しずつ元に戻るにつけ、私のトレーニングも再開したのですが、かなり不規則。このままではいけないと思い、数週間前から規則的に通うようになったのです。

そうした中、ワークアウトに関する記事をネットで見つけました。「筋トレ熟練者が『これは守らなくていい』と考える謎ルール5選」というタイトルです:
https://www.lifehacker.jp/article/2310-the-fitness-rules-that-are-okay-to-break/
とりわけ私の目を引いたのがサプリとトラッキングに関する部分でした。

今の時代、様々なサプリがありますよね。ダイエット用のサプリ、マルチビタミン、コラーゲン、プロテインなど、パウダーのものもあれば粒状のものも多数売られています。ネットを見れば、どのメーカーのどの商品が効果的なのかといった比較サイトも。消費者としてみれば大いに迷いますし、せっかく購入するなら最大限の効果を狙いたくなります。

一方、トラッキングとは、たとえばアップルウォッチを身につけて心拍数や歩数などを追跡・記録するというもの。わざわざ運動記録をノートに手書き記入しなくても、すべてデータとして残ります。実に便利です。

けれども先の記事によれば、サプリにせよトラッキングにせよ、わずか10年ほど前にはここまで大規模市場ではなかったのです。それでも人は運動していましたし、ダイエットなり体力づくりなりに効果を上げていました。結果を出していたのです。記事にはこうも書かれています:

「たとえスマホに記録していたことが一夜にして消去されても、どれだけ運動したかは自分の身体が一番わかっています。」

これは英語学習にそのまま当てはまります。ワークアウトの「サプリ」に相当するのは、英語学習における教材やアプリ、スクールといったところでしょう。世の中には無数ありますが、江戸時代の適塾に通う塾生も夏目漱石も、少ないリソースでひたすら学んでいました。当時の若者が書いた英文を見ると、その高度な文章力に私など圧倒されてしまいます。

トラッキング・アプリも同じです。そうした電子機器など無かった時代の学習者は、時間を見つけて、それこそ寝食を忘れて学問に取り組んでいました。たとえ一つ一つの学習時間を手書きで記録しなかったにしても、その成果は自分が一番よくわかっていたのです。

江戸から明治・大正・昭和のころの日本人がどれだけ高度な英語力を有していたか。それは各地にある郷土博物館などの資料で読むことができます。中でも私が感銘を受けたのは京都にある「琵琶湖疎水記念館」。建設に尽力した技師・田邉朔郎(たなべさくろう)の展示資料でした。その英語論文たるや美しい筆記体で書かれ、文法的にも高度な英文で綴られています。不自由な時代でも、人はここまでできたのです。

サプリもアプリもなくても、学ぶことはできる。

そう私は感じています。

(2023年11月7日)

【今週の一冊】

「白髪の国のアリス 田村セツコ式紙とえんぴつ健康法」田村セツコ著、集英社、2022年

子どものころに沢山目にした田村セツコさんのイラスト。しばらくご無沙汰していたのですが、数か月前にたまたま介護関連の読売新聞記事で田村さんが出ておられ、懐かしく思いました。そこで選んだのが今回ご紹介する一冊です。

田村さんは80歳を超えておられますが、今なおエネルギッシュ。オビには「元祖『かわいい』著者」とある通り、田村さんの世界観はすべてかわいらしさから成り立っています。くよくよせずにユーモアを持って生きる田村さん。それが自らを幸せにし、その幸せを他者に分け与えることとなっているのでしょう。

本書は自分でも書き込みができる一冊。根底にある田村さんの考えは「紙とえんぴつさえあれば大丈夫」というものです。嫌なことも「ノートにいいつけると たいていのもんだいは かいけつします」(p9)と出ています。

他にも、「楽しくないのは自分のせい!」(p76)と自分を叱咤激励する言葉もあり、「人生を遊びと考えると、ふんわり雲に乗ったような楽しい気持ち」(p114)になれるなど、読者を前に進ませてくれるフレーズ満載です。

「不思議の国のアリス」にインスピレーションを得て、「わたしは白髪の国のアリス」(p124)と評する田村さん。私も「白髪の国の通訳者」を目指したくなる、そんな一冊でした。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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