第140回 情報量の多さ
過日、子どもたちを連れてある観光スポットへ出かけました。そこはとても人気がある施設で、常ににぎわっています。実は数年前の春休み初日に家族で出かけたのですが、あまりの混雑ぶりにお目当ての乗り物にはほとんど乗れませんでした。ですので今回は「県民の日」という祝日を利用して再度訪ねることにしたのです。
平日でしたので、たぶん空いているだろうという予想は見事に外れました。やはり皆、考えることは同じなのでしょうね。施設内は前回の訪問時に準ずるほどの大混雑!親子連れだけでなく、海外からの観光客や修学旅行生たちもたくさんいます。とにかく見渡す限り、人・人・人でした。
私はもともと人混みが大の苦手です。社会人になりたての頃はラッシュの電車に乗って毎日通勤するのにも一苦労しました。当時私が暮らしていた実家は日本有数の混雑率として知られる路線の沿線にあり、ターミナル駅では数台待ってもまだ座れないというほどだったのです。フリーランス通訳者になって一番嬉しかったのは、通勤ラッシュから解放されたことと言っても過言ではありません。
もう一つ、得手ではないのが「待つ」という行為です。評判のお店だから行列を作ってでも行くということが苦手で、「ほとぼりが冷めたらにしよう」と思うタイプです。「味が良くて店員さんのサービスも満点。だけど1時間待ち」というぐらいならば、「味もサービスもそこそこだけど、すぐ入れる」というお店を選んでしまいます。
そのような中、今回出かけた施設は、「行列あり・人だかりあり」という、いわば私にとってはなかなか挑みがいのある(?)場所でした。本来であれば、せっかく出かけた場所ですのでできる限り長く滞在し、満喫すべきなのでしょう。けれども昼食後には早くも疲労困憊!子どもたちをうま~く誘導して、午後の早い時間に帰路についたのでした。
それにしてもなぜここまで疲れるのでしょう?自分の苦手項目だからと言ってしまえばそうなのですが、その一方で、日ごろからスポーツクラブでトレーニングをしている私にとって、体力的に無理があったとも思えません。歩くことも運動することも好きですし、踏ん張りはきく方だと自負していたのです。わずか数時間の滞在でこれだけくたびれるのが不思議に思えました。
そのようなことを日ごろお世話になっているリハビリの先生にお尋ねしたところ、「柴原さん、それは情報量が多いからですよ」と言われたのです。要は、自分のキャパシティーを超える情報量が五感の中に入ると、非常に疲れるというのですね。
なるほどと思いました。確かに今回の訪問を振り返ってみると、まず「あまりの人混みでまっすぐ歩けない」という点が挙げられます。それも「全員が同じ方向に向かって歩く」のではなく、前後左右から人が歩いてきます。さらに歩くスピードも一定ではありません。また、ベビーカーも多く、上の方を向いて歩いていると、ベビーカーにつまづく危険もありました。一方では多くのパレード見学者たちが通路に座って待機していましたので、そうした人たちも避けて歩かなければなりません。単純に「歩く」だけでも、たくさんのことに配慮する必要があったのです。
ある乗り物では70分待ったのですが、そこで私はクタクタになってしまいました。リハビリの先生いわく、人間は同じ姿勢を長いこと保つのが苦手なのだそうです。行列の場合、コンスタントに前進できるわけではなく、動いたり止まったり、ダラダラと進みます。いつ前に行くのかも一定ではありません。ここでも色々と情報を処理しないといけないのですね。
以上のような「情報量の多さ」が人を疲れさせてしまうということが今回初めて分かり、とても合点がいきました。
・・・ということは、通訳者が通訳する際にも、これは考慮しなければならなさそうですね。すべてを訳出しようとすると情報量は膨大になってしまうわけですから。代名詞や主語、話者が繰り返した冗長な部分などは意識的に省くことで、訳出量はかなり抑えることができます。お客様が「今日の通訳は何だか早口で大量の情報を言っていた」という疲労感を味わわないよう、まだまだ私自身工夫する必要がありそうです。
(2013年11月18日)
「浦田理恵 見えないチカラとキセキ」竹内由美著、学研教育出版、2013年
みなさんは「ゴールボール」という競技をご存じだろうか?これはパラリンピック種目であり、2012年のロンドン五輪では日本チームが金メダルを獲得している。実は私自身あまりスポーツには詳しくないため、この本を読むまで知らなかった。
本書で描かれているのは浦田理恵選手。ロンドンオリンピックのゴールボールで代表選手を務めた女性である。この本に出会えたのは、偶然読んだ浦田選手のインタビューのおかげであった。わが家の子どもたちが購読する朝日小学生新聞に掲載されていたのだ。
浦田選手は元々教員志望で、20代になるまではごく普通に生活をしていた。ところが徐々に視界が見えなくなるという病気に見舞われてしまったのである。一人暮らしをする中、病気が進行していったのだが、浦田選手はご両親に心配をかけたくないというあまり、「目が見えなくなった」と言えずに苦しむ。そのときの葛藤を思うと、かける言葉も見当たらない。
しかし、そこで諦める浦田選手ではなかった。様々な人との出会い、そして自らの気持ちを前向きに持つことにより、ゴールボールという競技に巡り合う。運動が大の苦手だったご本人が、練習を積み重ねて金メダルを獲得するまでの道のりに、読者は励まされるはずだ。
中でも印象的だったのは、以下の言葉である。
「そこで実際に一歩踏み出して行動するのか?思っただけで終わらせるのか?そこが運命の分かれ道だと思うのです。」
「生まれたときは、みんな同じなのです。ただ、『どれだけ特別な努力を続けてくることができたか?』の差だと思います。」
お写真の浦田選手は笑顔がチャーミングな素敵な方。動画を拝見したところ、いつもニコニコ、話し声も明るくハキハキしている。本書を通じて私はたくさんの「気づき」を頂けた。そのことに感謝したい。
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