INTERPRETATION

第133回 すぐ反応

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

通訳という仕事をしていると、1秒が異様に長く感じることがあります。特に私が従事する放送通訳の場合、数秒間の沈黙は「放送事故」とみなされます。そのため、日ごろから新聞でニュースを追いかけ、あらゆる話題に感心を抱き、どのようなトピックが出てきても何とか訳し切るよう心がけています。

また、仕事柄、いったん通訳現場に入るとゆっくり食事をとる時間がありません。丸一日の国際会議の場合、1時間の昼食時間が設けられても、資料を読みながらおにぎりやサンドイッチをほおばることもしょっちゅうです。早く食べ終えて次の準備をと気持ちは焦ります。

そうした生活をずっと続けてきたからなのでしょう。自分自身、せっかちだなあと思うことがあります。特に子どもたちが小さいころは「大人ペースの自分」と「幼児のペース」の差に戸惑いました。けれども親が何でも先回りしてしまっては成長の芽を摘み取ることになります。二人の我が子たちが幼かった頃は、はやる気持ちをぐっとこらえて「待つ」という時期が続きました。

ところでみなさんは飲食店で注文後、何分なら普通に待てるでしょうか?誰と食事をしているか、その後の予定の有無、自分の心理状態などによって、許容できる待ち時間も人それぞれです。ただ、20分以上になると、さすがに「早く食事を出してほしい」と思うのではないでしょうか。

以前、このようなことがありました。コンサート鑑賞後、夫とレストランに入りました。すでに夜9時を回っていたのですが、団体さんがいたためか、店内は割と混んでいます。それでもスタッフの方は入り口に立った私たちをすぐに席に通し、飲み物の注文を受けてくれました。

ドリンクはすぐに来たのですが、食事の方が少々手間取っていました。しかしスタッフの方は「申し訳ございません。今日は厨房が混んでいましてお時間がかかりそうです」と言い、小皿にのったおつまみを運んでくださったのです。

こうしたさりげない気配りはとてもうれしく思います。私たちも空腹でしたので、少量のおつまみでも大いにありがたいものでした。間もなくして食事も運ばれ、コンサートの余韻を楽しみながら味わうことができました。

どのお店もこのような対応かと言えば、残念ながらまちまちです。別の飲食店では席まで案内こそされましたが、料理が運ばれていくのはお隣の団体さんテーブルばかり。40分待っても何一つ来なかったこともありました。

さて、ファミリーレストランではチャイムでスタッフを呼びますが、お店によって鳴った際のスタッフの反応が大きく異なります。元気のある飲食店の場合、「ピンポーン」と鳴ると従業員の多くが一斉に返事をします。そして担当者がテーブルまで来てくれます。しかしその一方で、返事がなかったり、返事をしてもテーブルに来るまで時間がかかったりというお店もあります。

おそらく人間というのは、何かこちらがアクションを起こしたら、まずはそれに反応してほしいという心理があるのではないでしょうか。返事をする、迅速に動くなどといったことは、社会人として守るべきエチケットなのだと思います。

ちなみにメールの世界では「24時間ルール」というものがあります。これは受信したら24時間以内に返事をするというものです。今はスマートフォンが普及していますので、この間隔はもっと短くなっているかもしれません。いずれにせよ、特に仕事の場合は何か依頼のメールが来た場合、とりあえず「メールを受けとりました」という一言だけは返した方が良いでしょう。そして進捗状況を相手に適宜知らせれば良いのです。一番避けたいのは、受領メールも送らず、しばらく経ってから突然依頼内容を断る文面を送ってしまうことです。なぜなら相手は「返事がないから、もしかしたら良い方向に進むかも」と期待していることもあるからです。

とにかくすぐに反応すること。日常生活でも仕事でも、意識していきたいと私は感じています。

(2013年9月23日)

【今週の一冊】

“BBC Focus”  September 2013, BBC Worldwide

英国放送協会(BBC)はテレビやラジオ、インターネットだけでなく、雑誌の販売にも力を入れている。クラシック音楽専門誌、ガーデニングの月刊誌、アンティークを取り上げた雑誌など、その分野は多岐にわたる。番組とも連動しているので、活字や画面で楽しめるのが良い。

先日私は朝時間を英語の学習に充てるという観点からセミナーを担当したのだが、講演内容の中で睡眠に関する話題を紹介しようと計画していた。セミナー当日、何かネタになるものはないかと思いながら会場隣の書店で偶然見つけたのが本誌である。ちょうど「睡眠」が特集されていたのだ。

セミナーでは単に英語を学ぶというだけでなく、「自分が求める情報を探す」というアプローチも紹介した。「学習対象としての英語」になってしまうと、勉強も行き詰まってしまう。けれども多少単語が分からずとも、「知りたい」と思うことを探求した方が、好奇心も満たされるのだ。

元々私は文系なので、あまり科学には詳しくない。しかし、今回たまたま本誌を手に入れたおかげで、多様な理系分野の記事に触れることができた。太陽、ネコの生態、腕組みと心理学、鍾乳洞など、カラフルな写真と共に掲載されているので、肩ひじ張らずに読むことができた。

書店という空間に身を置くと、ときどきこうした思いがけない出会いがある。だから本屋さん通いはやめられない。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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