INTERPRETATION

第129回 自分を取り戻す

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

今年の夏休みは11年ぶりにイギリスへ出かけました。私は幼少期と大学院、そして仕事の計3回暮らしたことがあり、とても思い入れのある国です。2002年にBBCの仕事を終えて帰国して以来、海外旅行自体も今回が4回目。パスポートも独身時代と比べてはるかにスカスカの状態です。

今回渡英にあたって決めたのは「できる限りPCを使わない」ということでした。

仕事柄、パソコンは必需品です。業務のやり取りはもちろん、調べ物や自分のブログをアップするなど、パソコンなしでは生活が成り立ちません。けれどもこのところ毎日長時間PCを見る生活が続き、閉塞感を覚えていました。そこで今回のイギリス旅行を一つのきっかけに「脱デジタル世界」を実行してみたのです。

まず、出発の1週間ほど前に関係各方面へメールを送り、2週間夏休みを頂く旨、お知らせしました。移動が多い旅行となるため、メールを見ることはできてもお返事が遅れてしまうかもしれないとあらかじめお伝えしておいたのです。これでひとまずメール対策はできました。

次は携帯電話です。元々私の携帯は国内仕様なので海外では使えません。スマートフォンも持っていないので成田でよほど借りようかと思いましたが、どうしても必要なら現地でレンタルと考え、自分の携帯電話は成田で電源を切りました。

今回の旅行で唯一取り組みたいと思ったのは「旅ノート」の作成です。それを子どもたちと作ろうと考えました。あらかじめ調達したのはリング状のミニノートとB5ノート。ミニノートは旅行中持ち歩き、気づいたことを書き込みます。一方、B5ノートは一日の終わりのまとめ用です。ミニノートに記したことを書き写し、現地で集めたパンフレットなどをスクラップするために使うことにしました。2週間の旅行中、親子でこのノートを埋めながらあれこれ話してみたいと思ったのです。

ただしメールに関しては、仕事が滞ってもいけませんので週1回だけチェックをして急ぎのものだけ返信し、そうでないものはあえて開けませんでした。購読しているメルマガももちろん未開封です。7日間パソコンに触っていなかったのですが、久しぶりにキーボードを打ったときにはとても不思議な感覚を覚えました。また、「これほど小さな画面の世界に今まで浸っていたのか」という思いも抱きました。

一方、日本にいるときは着信音や点滅が気になっていた携帯電話ですが、それを確認しなくて良いという状況は私に開放感をもたらしてくれました。

今の時代、自分が見たり聞いたりしたことは色々な形にできると思います。中でもブログやSNSなどにアップして知人に共感してもらえれば喜びもひとしおです。けれども今回私はあえて、自分の思いを「旅ノート」という狭い範囲にとどまらせてみたのです。

その結果わかったこと。それは「自分の感じたことは自分独自で良い」ということでした。人がどう思うか気にするのではありません。自分の手で記した文字や切り張りした美しい写真が私の「旅ノート」を埋め尽くしています。そのノートが私に自分を取り戻させてくれたのです。

(2013年8月26日)

【今週の一冊】

“F in Retakes: Even More Test Paper Blunders” Richard Benson著、Summerdale Publishers、2012年

イギリス旅行中に感じたのは、英国人の持つユーモアのセンス。何気ない日常会話の中でもクスッと笑わせてくれる一言が投げかけられる。また、街中の表示にも工夫を施されたものが多く、一英語学習者として興味深く読んでいた。

そんなイギリス人のユーモア感はどこから来るのだろう。その答えを見つけるべく書店のHumourコーナーを眺めていた際に見つけたのが今回ご紹介する一冊。日本でもテストの珍解答本は人気だが、イギリスにも同じものがあるのだ。

イギリスでは成績がABC順に付けられ、Fはfailの意味。点数ではなくグレードでの評価だ。本書には見事Fになってしまったオモシロ回答がズラッと並んでいる。本の構成は科目別になっており、生徒の手書き回答が掲載されている。

どの答えもつい笑ってしまうものばかりだが、現在のイギリスあるいは若者事情に精通していないとさっぱりわからないものもあった。ユーモア本を理解するにもまだまだ英語学習!そんな思いを抱いた一冊だった。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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