第547回 失礼!
同時通訳をしていて誤訳をしてしまうことがあります。本来であれば、そもそも誤った訳を言わなければ良いのですが、人間は機械ではないがゆえに間違ってしまうことも。そのような際にはすぐに謝って訂正を入れることになります。
ただ、同時通訳の場合、時間に限りがあります。「大変申し訳ございませんでした」「ごめんなさい」「間違いました」など、日本語にはお詫び表現がたくさん。でもこれらを全部言おうものなら、ヘッドホンから聞こえてくる英語がどんどん先へ進んでしまいます。詫びているうちに英語を聞き逃し、日本語が追い付かなくなる。しかも、ただでさえ「誤訳をしてしまった」という焦りもあるわけですので、ますますパニックに陥りかねません。
そこで便利なのが「失礼」という日本語音4文字のことば。しかもこの単語は口の上下左右動作が少なく、ほぼ一拍で「失礼」と言い切れます。時間節約単語です。誤訳をした際に多くの通訳者がこのことばで訂正をしており、私もその一人です。
もちろん、一拍で「失礼!」と言い切ると、若干キツく聞こえはします。けれども時間的猶予がない以上、これしか手段がありません。同時通訳の声色は穏やか、でも誤訳時の謝罪はピシッと聞こえるこの単語を用いるというわけです。
ところでテレビやラジオの生放送での訂正文句も、時代と共に変わってきていると私は感じます。私が子どものころは、訂正時のアナウンスはかなり長文だったと記憶しています。たとえば、「先ほど○○△△とお伝えいたしましたが、正しくは◇▽×〇でした。お詫びして訂正いたします」という具合。「申し訳ございませんでした」というフレーズも聞いたような気がします。
しかし、最近のメディアでは「失礼いたしました」とシンプルになっている印象です。
気になったのでネットのニュース記事ではどのような訂正があるのか調べたところ、なんと朝日新聞デジタルには「訂正・おわび」というページがありました。そこを見ると「訂正しておわびします」という言葉が冒頭にあり、本文の方で「○○としたのは誤りでした」といった記述があります。ネットニュースの場合、速報性が重宝される分、誤りが出やすいのかもしれません。
ところで「お詫び」から派生してもう一つ話題を。本サイト「ハイキャリア」を運営するテンナイン・コミュニケーションからのご紹介で、私は映画「謝罪の王様」(2013年)に声の出演をさせていただいたことがあります。作品のテーマは「謝罪」で、複数のエピソードがオムニバス形式で描かれています。中でも私が好きなシーンは、阿部サダヲさん扮する主人公が、ラーメン店主に謝罪を求めるという場面。粗相をした店主にその場ですぐに謝ってもらいたかっただけなのに、それが叶わず、話がどんどん逸れて大ごとになってしまう光景が描かれています。
そうなのです。人が謝罪において求めるものは、相手からの体の良い言い訳でもなければ、時間がたってからの仰々しい謝罪でもありません。ただ一言、「悪かった、ごめんなさい」を間髪入れずにその場で言ってもらえれば良いのです。
古典落語「子はかすがい」には、自分の息子を誤解して非難した母親が自分の過ちに気づき、即座に「許しておくれ」と息子に詫びるシーンがあります。通訳者の誤訳も日常生活における誤解も、「過ちに気づいたらすぐに詫びること」が肝心なのでしょうね。
(2022年7月12日)
【今週の一冊】
“The Ameriguns” Gabriele Galimberti著、Dewi Lewis Publishing、2020年
日本では銃を所有する際、非常に厳しい審査があります。実際に手に入れるまでそれこそ数年はかかるとされます。一方、アメリカでは憲法で銃を所有することが認められており、今でも銃についての議論は終わりを見せることがありません。
本書はイタリア人写真家のGalimberti氏が、アメリカ各地を回り、銃所有者を撮影したものです。自宅にある銃を並べてもらい、本人と共に写すというスタイルです。私がこの本に出会ったのは、テキサス州の小学校で銃乱射事件が起きた直後のこと。Galimberti氏がCNNのインタビューに応じていたのでした。
正直なところ、本書のページをめくるのには勇気がいりました。どうしても事件と関連付けてしまう自分がいるからです。しかし、被写体となっている人々は、それぞれが銃への思い入れがあります。憲法のこと、権利のことなどを語りつつ、展示している銃は、あたかもお気に入りのグッズコレクションを見せているかのごとくです。
巻末にはアメリカの銃に関する統計が出ています。今年の秋はアメリカ中間選挙。このテーマも出てくるはずです。背景を知るうえで、非常に大きな意味を持つ一冊でした。
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