INTERPRETATION

第542回 ほら、自分だって

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

「先生オススメの教材は?」
「どんな勉強法をしたら良いですか?」

このような質問をこれまでたくさん受けてきました。学習において、みなさん悩んでおられることがわかります。

ちなみに私は上記2つの質問をお受けした際、以下のようにお答えしています。

1 置かれた環境や現在の実力は人それぞれ
2 よって、口コミで高評価の教材が自分に合うとは限らない
3 大事なのは自分自身が楽しみながら試行錯誤して続けること

この3つです。こうして書いてみると、あまりにも具体性に欠けた、身もふたもない助言に思えますよね(笑)。ですので一応私自身が取り組んだ方法で効果があったものや楽しかったメソッドはお伝えするようにしています。

でも実際問題、「シバハラが勧める教材や方法」が万人に当てはまるわけではありません。せっかくお伝えしてご本人が試したとて、「やはりしっくり来ない」となれば中途半端で終わる恐れがあります。せっかく「学ぼうかな」と好奇心を抱いたのに、そこで投げ出してしまうことになるのはもったいないですよね。

とは言ったものの、人はどうしても物事に対して、

「最小限の努力で最大限の効果」

を期待したくなる生き物なのだと思います。そのことを痛感したのが、先日のこと。「家じゅうの窓がとてつもなくキタナイ!!よし、今日こそ窓ふきをしよう!」と思い立った時でした。

窓ふき作業。これは私にとってなかなかのニガテ項目です。とりわけ網戸側の窓は風と埃で点々模様に汚れています。しかも窓の上辺は高いので、背伸びして拭くのも私には億劫。手も汚れるし、窓を拭くとなると必然的に、あの超汚れた窓の桟も拭かざるを得なくなります。見て見ぬふりはできないのです。

以前の私は「洗剤の種類を増やすのも何だし、オーソドックスに古新聞と水で取り組めばきれいになるものね。先人の知恵はスゴイ」と意気込んで窓ふきをしていました。が、ゴム手袋をしても新聞のインキで真っ黒になります。お気に入りのピンクのゴム手が薄黒くなるのを見るのも気分が萎えました。

そして1年ほど前。ようやく観念して窓専用の洗剤を購入。おかげでだいぶ楽になりました。網戸はウェットクイックルであらかじめ拭き、窓用洗剤と古タオル(窓専用に格下げしました)できれいになることがわかり、ハードルが下がったのですね。

とは言うものの、数週間たてばまた窓は汚れます。「今日こそは!」と思い立ったあの日、ふとこんな思いが頭をよぎりました。

「そうだ!お掃除専門サイトとかネットで見れば、窓ふきの手順や効率的なやり方が書いてあるはず。たとえば『一番きれいな窓から取り組みましょう』とか『背が低い人は○○すると拭きやすくなります』といった記述があるのでは?」

こう思って検索しようとしたのです。でも、そこで思いとどまりました。

「・・・これって英語学習法を私に尋ねる受講生と同じなのでは?自分にとって窓ふきは苦手項目だから、なるべくエネルギーをかけないで効率よくチャッチャと終わらせる方法を探しているだけでしょ?」

と頭の中のもう一人の自分が言っていたのです。

つまり、こういうことです。「私は苦手な窓ふきをなるべく完璧に仕上げようと思っていた」「だから、その方法を知ることで手早く仕上げたいと願っていた」「そもそも窓ふきがとてつもなく苦しいものだという前提で考えていた」ことになるのですね。

そこでこの日は発想を変え、以下を目標としました。

「拭く順番は気にしない。窓の桟もそこそこきれいになればOK。腕を上げたりしゃがんだりするのは良いエクササイズ。終了後はきれいになった窓を見ながら、コーヒーブレイクにしよう。こう思えば一連の作業を楽しめる!」

すると思いのほか早く終わらせられたのです。おやつタイムを味わいながら、「あ、これはコラムのネタになる」とまで思えましたし(笑)。

要は人間たるもの、「苦手なことほど正解を求めたがる」ということなのでしょう。「ほら、自分だって」を大いに痛感したのでした。

(2022年6月7日)

【今週の一冊】

「あなたのプレゼンに『まくら』はあるか?」立川志の春著、星海社新書、2014年

「私に必要なのは日常生活における笑いだ!!」

ある日、ふとこう思ったのがきっかけで落語に関心を抱くようになりました。今から数か月前のことです。以来、日本テレビの「笑点」を始め、落語家さんのラジオ番組や独演会などを楽しむようになっています。

今回ご紹介するのは、「帰国子女」という異色の経歴の持ち主である立川志の春さんの一冊。名前からわかるように、あの立川志の輔さんのお弟子さんです。イェール大学、三井物産という、世間からするとエリート街道を歩んでいた氏がなぜ落語の世界に飛び込んだのかも綴られています。

本書はプレゼンに役立つヒントだけでなく、日本人と英語に関するとらえ方についても考えさせられる内容がたくさん出ています。中でも以下が印象的でした:

*「無理にネイティブの発音に合わせようとするのは、関西人の前で下手くそな関西弁で話すようなもの」(p31)
*「(間【ま】の入れ方については)今何が起きているのかということを理解して想像してもらう時間を与えるということが大事」(p134)
*「間は話し手から発信される一方的な話法ではありません。聴く側との呼吸を合わす双方向のものでなければいけません。」(p137)

他にも、「プレゼン中に機械の不調に見舞われたらどうするか?」「聴衆の携帯が鳴り始めたら?」といったケースについても、具体的な対処法が出ています。多くの方に読んでいただきたい一冊です。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END