第124回 発言に責任を持つということ
最近の仕事は、どのような業種でもサービス精神が求められます。かつては「サービス業=接客」でしたが、専門職でも結局はお客様を相手にしますので、おもてなしの心が必要だと私は感じます。
自分が携わる仕事を通じて、どのようにしたらお客様に喜んでいただけるか。通訳の仕事を続ける限り、私自身も常にこの命題と取り組み続けるように思います。分かりやすい日本語、聴きやすい通訳、内容をきちんと理解した上での訳出などなど、テーマはたくさんあります。
先日、考えさせられたことがありました。
あるお店に出かけたときのことです。私はその店舗に立ち寄った後、A市へ車で行く予定でした。A市までは一般道とバイパスの2ルートがあります。一般道は距離的に近いものの、混雑もあり得ます。バイパスは遠回りですが、3車線あるのでスムーズに進めそうです。
お店のスタッフさんに聞いたところ、バイパスの方が良いのではとアドバイスを頂けたので、そちらを走り、A市での会合に間に合いました。
それから10日ほどたち、再びそのお店に出かけたときです。先のスタッフさんがこのことを覚えており、開口一番こうおっしゃったのです。
「柴原さん、あの日、仕事からの帰路、一般道でA市まで出たんですが、そちらの方が早かったです。間違ったことを言ってしまってすみませんでした。」
私はこの一言に非常に感銘を受けました。なぜならば、そのスタッフさんは自分の発言を自力ですぐに確かめてくださったからです。そればかりかそのことを覚えていて、次に私が来店した際にしっかりと伝えてくださいました。
自分の述べたことに責任を持つ。そして、もし間違ってしまったならば、たとえ後日であってもきちんと相手に説明する姿勢は、本当に見習いたいと思います。私自身、指導の場にも立っていますので、授業中に受けた質問や受講生のちょっとしたコメントなどにも真摯に耳を傾け、それをしっかりと調べた上で、次の授業に反映させたいと思います。
(2013年7月15日)
「フォントのふしぎ ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?」小林章著、美術出版社、2011年
毎日「ことば」と向き合う仕事をしていると、まったく異なる分野の本を突然読みたくなることがある。今回ご紹介するのはそんな一冊。著者の小林氏は、アルファベットのデザイン専門家としてドイツを拠点に活躍中である。
英語力をつける上で大切なのは「読む・書く・聞く・話す」の4技能をバランスよく身につけることである。ただ漫然と聞いていても実力は上がらないし、何も考えずにペラペラ話すだけでは説得力が弱い。文法や語彙を意識せずに書いていては一定のレベル以上になれないし、日本語で知識がない中、難しい英文を読もうとしても字面を追うだけで終わってしまう。
大切なのは「読んでいるだけでなく、読めているか」「書いているだけでなく、書けているか」「聞こえているのではなく、聞いているか」「話せているのではなく、話しているか」ということだと私は考える。つまり、意識的に自覚しながら英語に立ち向かうことなのである。
では毎日私たちが目にする文字はどうだろうか?わざわざフォントの種類までじっくり見つめる人は少ないと思う。「このお店のロゴは○○フォント」「雑誌記事に使われているのは△△フォント」と識別できる人は、プロのデザイナーに限られるのではないだろうか。
本書を読んで思ったこと。それは、ただ漫然とロゴを見つめるよりも、あえてフォントのデザインまで意識することがどれだけ楽しいかということであった。フォントに関する小林氏のエピソードは実に多岐に渡り、ここまで奥深い世界があったのかと驚く。今まで何も考えずに見ていたロゴマークも、よく見ると大文字と小文字が混ざっていたり、一文字一文字の大きさが微妙に違っていたりするのである。まるで宝探しのようだ。
結びのページで小林氏は次のように述べている。
「『オレを見てくれ』って自己主張の強いフォントは嫌味になってしまいます。あくまでも主役は『言葉』でしょ。」
通訳も同じだと思う。通訳者自身が目立ってしまうのではなく、「ことば」そのものでコミュニケーションの橋渡しをする。それが本来の役割なのではないだろうか。
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