第527回 内省への内省
本格的に通訳業務に携わり始めてから、随分経ちました。熱しやすくて冷めやすい私がなぜここまで長きに渡り継続できたのか?それは「毎回異なる通訳内容の予習が楽しいから」の一言に尽きます。得意分野もあれば未知のエリアを仰せつかることもあり、その都度、受験生のごとく猛勉強。予習すればするほど新しい知識を仕入れられるのですね。もちろん、ヤマが大外れのこともありますが、学んだことが本番に生かせたときの達成感と満足感、幸福感は言葉で言い表せません。
ただ、準備時間には限りがあります。24時間不眠不休で予習をしようものなら、本番は意識朦朧で言葉が出ないでしょう。よって、膨大なる予習項目の中から「何を選び、何を捨てるか」が大切です。読むべき資料、観ておくべき動画サイトなど、悩む時間がもったいないので、大胆に取捨選択していくことになります。
このようにして本番に臨み、一日を終えたら自分のパフォーマンスを振り返ります。良かった点と改善点を思い出し、次につなげていくのです。業務依頼の瞬間から一人反省会に至るまでが、私の通訳業務フルコースとなります。
ところでこの「一人反省会」に関連して、気づいたことがあります。それは私自身が何事においても「自らを振り返り反省点を洗い出すことが習慣になっている」ということです。生育環境なのか、読書を通じて知り得た偉人に触発されて高みを目指したいと思うがゆえなのかはわかりません。ただ、「自分のキャラ」として「内省すること」が染み付いているのです。
自省自体は悪いとは思いません。より良い仕事、より納得のいく人生を歩むうえで自らを省みて反省点を洗い出し、改善して次につなげていけば、それだけ自分の納得感も高まります。
ただ、それがいつもうまくいくとは限らないのです。
世の中がコロナになったあたりから、私自身に色々とあり、しんどい時期が続きました。人生におけるアップ&ダウンは誰にでもありうるでしょう。でも私の場合、「自分のチカラで何とか出来るのではないか?」「私さえ頑張れば」「私が我慢すれば」などと自分を追い込んでしまったのです。その結果、心身への不調が大きくなりました。
改めて自分を振り返ってみると(←って、この期に及んでもまだ自省してますが!)、私は自分で設定したルールを意地でも守ろうとしていたことがわかったのです。そこからの逸脱や緩和を自分に許すことに強い抵抗を抱いていました。ゆえにどんどん自分で自分を追い詰めていたのでした。
先日、当「ハイキャリア」運営会社、テンナイン・コミュニケーションの工藤社長にお会いする機会がありました。そこで言われたのが「柴原さんは内省することをやめたら、もっと自由に生きられると思う」というお言葉でした。そこで私は気づかされたのです。自分の生きづらさは自分がつくり出していたのだ、と。
ルールは未来永劫に死守すべきものではないのです。自分が辛くなったら緩めれば良い。しんどいならやめればいい。そう自分に言い聞かせるのも「勇気」なのです。
通訳業務の予習では、取捨選択を大胆にやってきたのです。人生もそうすれば良い。考え方は至って簡単です。
そこで手始めに辞めたのが「自分の個人ブログ」。書くことは好きですが、「毎日休まず絶対にアップする」というセルフルールに縛られていました。意地での執筆、あるいは自己生存確認証明(?)のためのブログというのも、本末転倒な気がします。それよりも、お仕事として頂戴している原稿執筆(たとえば本コラム)にエネルギーを注ぐ方が大事だと思うのですね。
大きな気づきをいただけたことに感謝です。
(2022年2月8日)
【今週の一冊】
「英語が出来ません」(刀祢館正明著、KADOKAWA、2022年)
まずはカバー表紙にご注目。ある年齢層以上の方であれば、ここに描かれているリンゴ、本、ノート、ペン、鉛筆から英語の教科書を連想できるでしょう。”This is a pen.” “This is an apple.”などの定型文が当時のテキストには並んでいたのです。今なら実践会話で目の前の人がペンを持ち、”Is this a pen?” などと尋ねて来ようものなら「いや、見ればわかるでしょ?」とツッコミを入れるでしょう。
著者の刀祢館正明氏は朝日新聞記者。長年、英語をライフワークに掲げ、連載を担当してこられました。最新刊の本書はこれまでの連載などをまとめて加筆・修正した一冊。なぜ日本人は英語ができないのか、英語教育はどのような変遷を遂げてきたのか、大学入試や教科書などについてのことなどが網羅されています。
中でも興味を抱いたのが、著者造語の「なの・のよ弁」「だよ・さ弁」。これは外国人俳優のインタビューにおける文末の部分です。日本人なら男性・女性問わず「~だと思います」「~ですよね」と表記されるのが、なぜか外国人だと「~だと思うのさ」「~なのよ」と書かれるのです。これについて映像翻訳家・戸田奈津子さんへのインタビューがなるほどと思わされました。
個人的に嬉しかったのは、ジャーナリストの故・千葉敦子さんへの言及。私は学生時代に千葉さんの本に衝撃を受け、彼女のような学び方・生き方に憧れを抱き、今に至っています。千葉さんの名著が絶版になる中、お名前がこうして次世代へと受け継がれることに喜んでいます。
なお、個人的な話で恐縮ですが、刀祢館氏とは30年以上前に同じ英語塾に通って以来、長きに渡り英語談義をさせていただいています。ちなみにp221に出ている「ある通訳者の女性」、および表紙の英語タイトル(小さく描かれています)でお手伝いさせていただきました。最後に一言、
「とねだちさん、ご出版おめでとうございます!!」
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