第523回 反省つづくよ、どこまでも
今から160年前の1862年。アメリカで「太平洋鉄道法案」が可決され、大陸横断鉄道の建設が始まりました。工事に携わったアイルランド系労働者たちが歌ったのが”I’ve Been Working on the Railroad”。その日本語版が「線路はつづくよどこまでも」です。今週のタイトルはこの歌にあやかって付けました。ハイ、前置き、長いですね。
で、本題。
3年前から行われているテニスの男子国別対抗戦ATPカップ。初年度から優勝選手インタビュー(オンコートインタビュー)や表彰式などの同時通訳に携わっています。開催はオーストラリアで全豪オープンの前哨戦です。日本での放映はテレビ朝日系のAbema TV。私は都内のスタジオに連日缶詰めとなり、通訳をしました。
この番組の最大の特徴は、リアルタイムで視聴者がコメントに書き込めること。普通のテレビ番組は局側からの一方通行ですが、こちらはインターネットテレビゆえ、自分のデバイスからコメントを自由に記入できるのですね。他の視聴者と感動を共有しつつ、実況担当者やゲスト解説者とともに楽しめるのがポイントです。
日ごろ私はCNNの放送通訳者ですので、同時通訳も一方通行になります。自分の訳出が良いのか、聞きやすいのかなど、視聴者のフィードバックはなかなか得られません。ですのでAbema TVのコメントは大いに励みになりました。
番組は放送後しばらく再生できますので、私もその都度おさらいしました。それにより沢山の反省点に気づかされました。以下はその一例です:
1 やはり早口すぎる!
日ごろニュース通訳に携わっているため、なるべくコンパクトに情報を盛り込もうとは思うものの、オリジナルの英語が日本語より多いため、必然的に日本語が早口になってしまう。大事なのはインタビュアーと選手の掛け合いのタイミング。よって尺がずれないよう、さらなる工夫が必要。
2 声、大きすぎ!
選手の喜びが自分事に思えてしまい、私自身嬉しくて興奮してしまう。それで声のボリュームが上がり過ぎ。視聴者が通訳の合間に少しでもオリジナル音声が聞けるぐらいのボリュームにせねば。しかもマイクに吹いてるし・・・。
3 言葉選びを工夫せよ!
ニュースであれば一人称の”I”を「わたくし」と訳すのが普通(特に国家元首や企業トップなどは)。でも選手だとかしこまりすぎ。今回も某選手のインタビューで「わたくし」「主催者に御礼(おんれい)申し上げます」などと訳して硬すぎた。選手であれば、「わたし」や「自分」で良し。謝意は「ありがとうございます」「感謝します」で十分。
・・・と言った具合です。もちろん、「一人ダメ出し活動」をし過ぎると気持ちが沈みますので、良かった点もチェックします(あえてここには書きません)。
ところで本番中、常に頭の中にあったのが「どの日本語なら一番わかりやすく、かつ時短か?」という課題。たとえば会場の「観客者」も、私の場合、以下の順で言いやすくなります。一番左が口の上下左右が大きくて言いづらい単語。右へ行くほど私にとっては容易に発話できる表現です:
「観客のみなさま→ご来場のみなさま→ファンのみなさま」
ええ、来場者「全員」が「その選手」のファンではないかもしれないのは重々承知。でも「テニスのファン」というくくりで考えれば、「ファンのみなさま」が一番私には言いやすいですね。
ちなみに「ありがとうございます」もひらがな10文字であり、「ご」「ざ」の口の上下がキツイ。「感謝です」の方が「シャです」を一気に言えるので楽です。
という具合で、「反省つづくよ、どこまでも」となります。引き続き工夫していきます!
(2022年1月11日)
【今週の一冊】
「ダントツになりたいなら、『たったひとつの確実な技術』を教えよう」エリック・ベルトランド・ラーセン著、山口真由監修、鹿田昌美訳、飛鳥新社、2015年
テニス通訳をしながら興味を抱いたのが、選手たちのメンタリティ。シングルス戦であればたった一人で戦います。サッカーのように試合制限時間がないため、マッチポイントまでひたすらプレーするのです。あの長時間、どのようにメンタルを維持しているのか気になり、本書を手にしました。
著者はノルウェーの元空挺部隊員で、現在はアスリートや企業CEOなどのメンタルコーチです。氏のおかげで素晴らしい成績を出した選手が多数輩出されています。
監修の山口真由氏(東大主席弁護士)も述べておられますが、大事なのは著者が言う「精神的なフィットネスは、単なるスキルだ」(p2)なのです。つまり、メンタルの強さは生まれつきでもパーソナリティでもなく、スキルとして訓練すれば身につくのです。
私は昔から計画を立てて実行していくのが好きなのですが、その一方、「イレギュラーに非常に弱い」タイプ。想定外のことが起こると焦って悲観してしまうのですね。著者が述べる通り、苦しいことも非常事態も(もちろん幸せなことも)「いつかは終わる」(p41)のですから、一喜一憂せずに臨もうと思いました。
「人生は自分に与えられたプレゼントであり、受け取れるのは一度きり」(p55)という言葉を支えにしたいです。
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