INTERPRETATION

第518回 ことばの旅

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

CNNの放送通訳の際、密かに気に入っている作業があります。それは「未知単語集め」です。いかんせん、言語学習に終わりはありません。「ここまで極めたら終了!」という世界ではないからこそ、新しいことを知るのがこの上なく楽しいのですね。

本番中は同時通訳をしていますので、なかなか手を動かしてメモをとることができません。何しろこの仕事、視線は目の前のテレビスクリーンに釘付けですし、耳はヘッドホンから入って来る音を必死に聞いています。口はひたすら同時通訳。机のに右側にPCはあるのですが、本番中に私などライブ映像から少しでも目を逸らそうものなら、あっという間に置いてけぼりにされます。よって、PCはCM中ぐらいにしか使えないのですよね。

もっとも、「どーしても文脈上、訳さなくては困る単語」という時だけは、何とかキーボードを打ち込んで意味を調べます。でもそういう時に限って、ミスタッチをして泥沼化、ということがほとんどです。

では、いつ単語集めをするか?

それは「自分の担当の30分が終わった後」です。CNNでは30分交代で2名の通訳者が担当します。よって、30分経つとパートナー通訳者がブースに入室し、そこでタッチ交代となるのです。

準備室に戻ったら、さあ、先程のパフォーマンスのチェック。作業エリアのPCは全ての時間帯の番組を録画していますので、自分の訳出も即座に確認できますし、オリジナルの英語音声のみを振り返ることもできます。

次の担当までわずか30分しかありませんので、私はたいてい「2倍速」にして聞き直しています。余裕があれば自分の訳出をチェックするのですが、次の時間帯でも同一ニュースが出てくる可能性があります。よって、先程のニュースのオリジナル英語音声を聞き直すのが先決です。

その「聞き直し作業」の間に未知の単語やフレーズを集めるのです。なお、私の場合、「ノートにきれいに書く」という几帳面マインドはとうの昔に捨てました!大事なのはメモして復習して学ぶこと。暗記を目指すのではなく、「一度はこのフレーズに触れることができた」という「経験」を積み重ねることを重視しています。

先日ノートに書き留めたのは、以下の表現です:

* firehose of … 「消防ホースのような膨大な~」
→要は「大量に発信する」という意味。番組ではfirehose of abuseという用法。

* not have the bandwidth to … 「これ以上~するのは無理」
→「帯域幅」を表すbandwidthを使うのが面白いですよね。

* mad dash 「猛ダッシュ」

* kid oneself 「自己正当化」

* hit the road 「出かける」

・・・という感じです。もっとここに記したいのですが、エンドレスになるのでこの辺で。

ことばの旅、まだまだ続きます!!

(2021年12月7日)

【今週の一冊】

「子どもがひきこもりになりかけたら」上大岡トメ著、メディアファクトリー、2015年

上大岡トメさんのベストセラー「スッキリ!」が発売されたのは2005年のこと。以来、トメさんの作品が大好きで、読み続けてきました。今回ご紹介するのはテーマが「引きこもり」。実は我が家のムスメも数年前、学校へ行きづらくなったことがあります。今はすっかり回復しているのですが、当時を振り返ることもかねて、本書を手にしてみました。

トメさんの画風の特徴は、何と言っても読む人をホッと安心させてくれること。どの絵もトメさんのお人柄がにじみ出ていて、専門家の先生方の解説を受けてご本人も心情を吐露したり体験談を披露したりというのが本書の特徴です。

中でも私が一番共感したのが、「母親像」のくだり。ついつい世の中の「キラキラしているママたち」の印象に縛られてしまい、私も子どもたちが小さかった頃、何が何でも完璧にならなくちゃとしゃかりきになったことがありました。トメさんも同様だったそうです。

そうした中、引きこもりを専門とされる先生方の助言をもとにトメさんが描かれたのは、「ゆるい母親像(例)」のイラスト。母親だって人間なのです。不機嫌なときもあるし、自分の都合もある。そうしたことをないがしろにしてパーフェクトを求めてしまうと、母親本人が心身ともに疲弊してしまうのですよね。56ページのイラストはコピーして日記に貼りつけ、時々眺めています。

お子さんが引きこもりでなくても、子育てをしていなくても、この本はとても勇気が出ます。上司・部下、人間関係などを考えるきっかけとなる一冊です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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