INTERPRETATION

第516回 「通訳者あるある」

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

同時通訳の仕事というのは、ものすごい集中力が求められます。座り仕事なのに、頭はフル回転。聞こえてきた単語を頭の中で解釈し、それを目的言語に一瞬で訳していきます。迷おうものなら、どんどん置いてけぼりになるのですよね。たとえば、

「さっきfootballって言ったよね?『サッカー』で良いよね?あれ、それとも『アメフト』?映像がないけどどっち?どっちなのぉ~?」

という具合。こうした「迷い」をコンマ数秒の瞬間に頭の中で描きつつ、

「ええいっ!迷っていたって始まらない。ここは『サッカー』で行こう!」

と、自分にとっての言いやすい単語で見切り発車。「サッカー」と「アメフト」ということば、ぜひここで皆さんに音読して頂きたいのですが、「サッカー」の方が、2音節で済みますよね。「アメフト」は口や唇を4回ぐらい上下左右に動かす感じです。大変です。

・・・と、たったそれだけの理由で(もちろん文脈からも十分吟味した上で)「サッカー」と同時通訳するも、後で話の流れで振り返ってみたら「アメフト」のことだった、ということはザラです。

「話者がイギリス人だったし、てっきりサッカーだと思っていたのに」

と思っても後の祭り。

このようなエピソードが満載な職業です。

ところでCNNではニュースの合間にCMが流れます。その際、キャスターがCM後の予告をするのですね。「お知らせの後は○○の話題です」という具合。画面にはそれに関連した映像も流れています。

ところが!

たった今、「お知らせの後は○○」と自分で訳しておきながら、いざCMになると、「あれ?この後どういうニュースが出てくるのだっけ?」と思う始末。ほんの数秒前に自分の口で訳して、自分の耳でしっかりと聞いていたのにも関わらず、です。

せっかくCM中(と言ってもわずか1分弱ですが)に、せめて事前知識を入手すべく、PCで調べようと思いきや、これではリサーチに至ることすらできません。そのようなことが頻繁に起こるのですね。

「これって、私の記憶力の問題??」

と思って、他の放送通訳者に尋ねてみると、みなさん「あるあるある~~~!」というお答え。そう、これぞ「通訳者あるある」なのです。

随分前に通訳の仕事が某バラエティ番組で取り上げられました。その際、「通訳者が必ず携帯しているお菓子は?」との問題が出たのですね。答えは「チョコレート」。脳を酷使するゆえ、甘いもので補給する必要があるのです。これも同じく「通訳者あるある」です。

他にも、「お財布を落としても諦められるけど、手帳を落としたら立ち直れない」という声も多数。そう、フリーで働く通訳者の多くは、スケジュールもまちまち。デジタル化全盛期の今でも紙版手帳を愛用する通訳者はおり、「手帳紛失=仕事の日程が不明」という恐怖に陥るのです。いかんせん、数秒前の「予告同通」の内容すら記憶があやふやになってしまうのですから、数日・数週間・数か月・数年後(ハイ、お仕事でだいぶ先のご依頼をいただくこともあります)の日程など、頭に収めきれません。

他にどんな「通訳者あるある」があるのか、これからも探してみるつもりです。

・・・と思った矢先に失念しそうです。

(2021年11月16日)

【今週の一冊】

「100万回死んだねこ」福井県立図書館編著、講談社、2021年

随分前に福井県の高校生向けに通訳の仕事についてお話をしたことがあります。それまで私にとって馴染みのなかった福井県ですが、若い生徒さんたちからたくさんのエネルギーをいただき、とても刺激を受けることができました。県教育委員会の方にお話を伺った際、福井県は教育にとても力を入れており、学びへの意識がとても皆さん高いことも教えていただきました。

そのようなことを思い出しながら読んだのが、今回ご紹介する一冊。編著は福井県立図書館。館内レファレンスカウンターに寄せられた「覚え違いの書名」をまとめて紹介したものです。

タイトルの「100万回死んだねこ」は、正しくは「100万回生きたねこ」です。他にも「下町ロケット」を「下町のロボット」と勘違いした利用者のエピソードなどが満載です。とにかく読んでいて抱腹絶倒!たとえ実際の書物を読んでいなくても、正しいタイトルを一度でも目にしたことさえあれば、十分楽しめます。

あまりにも面白すぎる本です。書店での立ち読みや電車内での読書にはオススメできません。爆笑して白い目で見られるのが確実だからです・・・!

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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