INTERPRETATION

第503回 基準

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

何にどうお金を使うかというのは、自分のライフステージによって変わってくると思います。私の場合、社会人になりたての頃は仲間と飲みに行くことが多く、昼食も外食続きだったことから、「飲食費」がとても多かったと記憶しています。

一方、留学時はハードな勉強から現実逃避するため、クラシックコンサートにばかり行っていました。幸い学生料金だったので良かったですが、割合として結構占めていたと思います。

本格的に通訳者として仕事をするようになってからは、「書籍代」が断トツトップに来ました。当時のCNNのスタジオは原宿にあり、そこから新宿南口まで歩き、まだタカシマヤ横にあった紀伊国屋南口店を頻繁に覗いていたのです。まずは最上階に上がり、1フロアずつくまなく棚の間を歩いて気になった本はかごへ。いわゆる「大人買い」をしていました。ですので、あの頃は本に大金を注ぎ込んでいましたね。

その後、「買い込んだ本を読み切れず、熱が冷めて古書店へ売る」というサイクルになってしまったため、大人買いは終了。その代わり、図書館を利用するようになり、今に至っています。

さて、最近はコロナで美術館やコンサートなどのイベントが減ったため、そちらへの投資は少なくなっています。ドライブや旅行にも行かないので、レジャー費も少額。スポーツクラブも関節炎が最近気になるので、フリータイム料金ではなく、月4回コースです。

その一方、支出アップとなったのが「カフェ料金」です。家でももちろん快適に仕事は出来るのですが、ついつい家事が気になってしまいます。家族もいるので、全て自分のペースというわけにもいきません。それで必然的にカフェを使うようになったのですね。

私が愛用しているのは、某チェーン店。専用アプリも入れています。オートチャージできる設定にしたので、ガンガン(?)チャージされています(苦笑)。でもその分、カフェでは集中して仕事や読書ができますので、気分転換兼仕事となっています。

ところで先日のこと。どうしても煮詰まってしまい、しかも翌日は早朝シフトであったことから、思い切って都内のビジネスホテルに一泊しました。自宅から職場までは1時間強かかりますので、職場近くのホテルに泊まったのは大正解でした。宿泊代もリーズナブルで、いつものカフェを5回利用するぐらいの料金です。友人に話したら、「ス〇バ基準だね」と言われました。

なかなか良い「測定方法」なので、以来、気に入ってこの語を使っています。自分なりの投資基準で日々を大切にしたいと改めて感じているところです。

(2021年8月10日)

【今週の一冊】

「日本の素朴絵」矢島新著、パイインターナショナル、2011年

確か高校時代でした。日本史の資料集に「鳥獣戯画」の絵が掲載されていたのです。遥か昔に描かれた絵なのに、ユーモラスに描写されていることに魅了されました。以来、仙厓和尚の絵を始め、ほのぼのとした日本の作品に注目しています。

今回取り上げたのは「日本の素朴絵」という一冊。発行しているのは建築や写真などで素敵な書籍を出しているパイインターナショナルです。ページをめくると、「これぞ元祖ゆるキャラ!」と思わせるような絵が、カラーでたくさん掲載されているのがわかります。

おとぼけ表情ののんびりした作品がある一方、地獄絵など実にリアルです。酒宴の賑わいと思いきや、よーく見ると人肉で酒盛りする化身たちなど、驚くような描写もあります。中でも私のお気に入りは、昔、出光美術館でオリジナルを見た「老人六歌仙」(仙厓)です。年を取ると「しわがよるほくろが出来る腰まがる」という添え書きとともに、かわいい老人たちが布袋様のような表情で描かれています。著者の矢島氏はこの作品について、「仙厓は200年近く前に、すでに『老人力』を発見していたと言えるだろうか」(p154)と解説しています。

こうした素朴な絵は日本全国にあります。美術館だけでなく、お寺などでも所蔵されているとのこと。世の中が落ち着き、実物を旅先で観られる日が今から楽しみです。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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