第109回 伝えたいという思い
先週月曜日、ロックバンド・ジャーニーのコンサートに出かけました。
ジャーニーは「ドント・ストップ・ビリーヴィン」「オープン・アームズ」「セパレート・ウェイズ」などの曲を1980年代にヒットさせています。ちょうど日本がバブルのころです。当時は多くのファンがリードボーカルのスティーヴ・ペリーの歌唱力に魅了されていました。私もその一人です。
体調不良が理由でスティーヴが脱退した後、バンドは不遇の時代を迎えます。新たなボーカルを迎えるも今一つの日々が続き、そのボーカリストたちもバンドを相次いで後にしました。そして数年前に新しく迎え入れられたのが現ボーカルを務めるアーネル・ピネダです。その加入は偶然でした。
メンバーの一人・ニールが、スティーヴに代わる人物を探していたところ、たまたまアーネルの動画をYou Tubeで見つけたのです。歌唱力・表現力ともに申し分ありません。アーネルは当時、フィリピンで活動する無名のボーカリスト。突然のニールからのメールに最初は悪ふざけだと思い、取り合わなかったのだそうです。しかし周囲の勧めもあり、オーディションを受け、現ボーカリストとなったのでした。
アーネルは子どものころ、母親を病気で失っています。日本のように保険制度などが不備な中、一家は治療費の負担で貧困に陥り、兄弟は親戚の家に預けられます。そしてアーネルも学業を断念し、ホームレス生活まですることになったのです。それでも幼いころから好きだった「歌」で何とか日々を生きていたのでした。詳しくは現在公開中のドキュメンタリー映画「ジャーニー/ドント・ストップ・ビリーヴィン」に描かれています。
私は80年代にこそジャーニーの曲をよく聴いていましたが、その後遠ざかっていました。再会のきっかけはCNNの放送通訳で担当したニュースでした。
昨年春のこと。CNNで「トライベッカ映画祭」の話題が挙がっていました。ジャーニーをドキュメンタリー風に描いた作品がこの映画祭で大いに評価されていたのです。かつて好きだったバンドのことを同時通訳できたのは実に嬉しい偶然でした。日本での映画公開はいつになるのかと調べてみたのですが、当時はまだ情報がさほどありませんでした。
そしてこの2月。たまたま新聞のBSテレビ欄を見ていたら、「ベストヒットUSA」で特集されることが出ていたのです。早速番組を見たところ、3月に来日とのテロップが流れました。こうした偶然の出会いが続き、先週のコンサートに至った次第です。
日ごろコンサートに行く機会はあまりないのですが、こうして生で見てみると実に迫力があります。テレビカメラではクローズアップした映像しか見えませんが、会場では舞台全体が俯瞰できます。それがライブのだいご味です。
アーネルを始め、バンドメンバー誰もが「伝えたい」という思いを醸し出していました。そして最初から総立ちのファンも、それに答えたいという気持ちを表していたのです。「答えたい」という思いをバンド側に「伝えていた」とも言えます。
通訳のみならず、どの仕事でも「相手に伝えたい」という思いをどれだけ抱けるか。それを忘れてはならないと私は感じています。
(2013年3月18日)
著者は住宅関連企業の大和ハウス工業で代表取締役会長を務めている。グループ企業を大赤字から再建させ、新しい事業も立ち上げるなど、様々な功績を残している。本書は日本経済新聞の「私の履歴書」で連載されたものをもとにしたものである。
タイトル通り、当たり前のことを当たり前に取り組むということ、それを大切にするという思いがあふれている一冊だった。中でも、電話は一回で取る、何が儲かるかではなく、どうすればお客さまに喜んでいただけるかを考えるなど、どのような立場の人間でも共感できる部分はあると思う。
英語の指導を続けていると、「先生、どのテキストが良いですか?」「辞書はどれがお勧めですか?」「一日何分シャドーイングをするのがベストですか?」といった質問を受ける。今の状況を脱して、より良い英語力をつけたいという、学習者の真面目な態度が感じられる。
けれども英語学習というのはスポーツやダイエット、会社経営と同じ。「当たり前のことをコツコツと愚直に続けるしかない」のである。テキストにしてもトレーニング時間にしても、その人その人に最適なものがある。星の数が多い書籍がその学習者に合っているとも限らない。凡事をないがしろにせず、歩み続けること。結局はそれが遠回りなようでいて、一番の近道なのである。
さらに上をめざすならば、自分の英語力をどのようにして社会のお役に立てるようにしていけるか。そうした利他の精神も必要だと思う。目の前の凡事から、大局観的な考えを大事にしたいと私は感じている。
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