INTERPRETATION

第496回 大人しい人に注意セヨ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

通訳現場では様々な内容に遭遇します。売り込みのビジネスミーティングもあれば、難航する契約交渉、異議申し立てのような緊迫した会議など、様々です。和やかな表敬訪問のような業務がいつもであれば良いのですが、そうはなかなかいかないのですよね。

現場でお目にかかる方々も、本当に様々なタイプの方がおられます。本来であれば黒子的存在の通訳者にまで気を配って下さり、こちらの方がかえって恐縮したこともあります。その一方、ずっと英語で海外の方と話しておられた日本人の方が、数十分話した後、突然「じゃ、通訳さん、ここまで訳して!」といきなり振ってきたこともありましたっけ(あの時は本当に焦りました)。

部下に丁寧な人もいれば、明らかにワンマンっぷり総動員という方もおられました。要は、この世の中には実に多種多様な人たちがいます。だからこそ面白いのですよね。

以前、興味深い状況を目にしたことがあります。それは複数が参加する会議でした。司会進行をして下さった方もどうやらお話し好きの模様。さらに同席された方もタイミングを見てはポンポン発言するタイプでした。一方、ずっと沈黙しておられる方もいらっしゃいました。

以前留学していた海外の大学院では、「発言することも授業貢献。何も言わない=授業に貢献していない」とみなされていたのですね。ですので誰もが意見を言うことに必死でした。

さて、件の「沈黙を保っておられた方」ですが、「黙っている=発言内容が何もない」というのではありませんでした。たまーに一言二言おっしゃることが、実に的を得ており重みがあったのです。つまり、その方は「話す分量」ではなく、「話す質」をお持ちの方でした。

数少ない発言のどれをとっても、通訳者の私でさえうなるような鋭い指摘であり、参加者皆にとってまさにeye-openerでした。その時私はこう思ったのです:

「実はこの方は、ここにおられる誰よりも深く真剣にこの議題について考えておられる。そして様々な名案を有していらっしゃる。ただ、周囲の『話す分量の多い人』が時間を奪っているのではないか?」

せっかく良き考えが明らかになる場であったのに、それが披露されないというのは、あまりにももったいないと思いました。その方が、参加者の中で若干年齢が若いがゆえに、ご本人も遠慮していたのかもしれません。

でも、会社というのはチーム総力戦で動くものだと思います。大人しい人ほど、実は秘めたもの、良きものを持っているのではないか。

そのように私は感じたのでした。

(2021年6月15日)

【今週の一冊】

“Beautiful Things – A Memoir” Hunter Biden, Gallery Books, 2021

バイデン政権が誕生してから早や半年。新型コロナウイルスにおいて大打撃を受けていたアメリカが、今やワクチン接種において世界をリードする存在となっています。先日のG7でもリーダーシップを発揮し、かつてのアメリカらしさが戻りつつある。そんな印象を私は受けています。

今回ご紹介するのは、バイデン大統領の息子ハンター氏が書いた一冊です。バイデン大統領は若い頃、妻と娘を交通事故で喪いました。ハンター氏には上にボーという名の兄がおり、母、妹、兄とともに4人で乗っていたとき、事故に遭ってしまったのです。兄同様に重傷を負い、入院しているさなかにバイデン氏は上院議員の就任式を病室で行ったのでした。

その後ボー氏は軍人の務めを果たすも40代で脳の病気で死去。そこからハンター氏の苦悩が始まります。アルコールや薬物への依存症が激しくなり、妻とも離婚。さらにウクライナとのビジネスに関わっていたことから、大統領選挙中はトランプ氏に執拗に攻撃されたのです。そのような人生の苦難からどのように抜け出し、立て直していったかが記されています。

中でも感動的だったのが、最終章にある兄ボーへの手紙でした。そこには次のような一文も含まれています:

“Each attack added to my new superpower: the ability to absorb their negative energy and use it to make me stronger.” (p249)

トランプ氏は何としてもバイデン候補を当選させるまいとの思いから、家族、とりわけハンター氏を貶める策略をこれでもかと続けました。それでもハンター氏はあきらめなかったのです。

私達は、誰もが幸せや苦難どちらも経験する人生を歩んでいます。でもマイナスなことに打ち負かされるのではなく、そこからいかにして強くなっていくか。それを試されるのが人生だということを、ハンター氏の文章から私は感じています。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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