INTERPRETATION

第107回 その場で即断即決

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

限られた時間の中でいかに仕事をスムーズに進めるか。これは誰にとっても永遠の課題だと思います。私自身、書店のビジネス本コーナーに出向いては、参考になりそうな書籍を入手し、取り入れられるアイデアは実践してみるようにしています。

本に出てくるヒントも大いに助けになります。一方、迅速・効率的に仕事をしている方を直接拝見すると、非常に刺激を受けるものです。

先日も次のようなことがありました。

ある業務のことでご担当の方に細かいことをお尋ねする必要がありました。先方は多忙な方です。私はその方にお話を伺う際、まずは電話をしてご都合を伺ってから実際に訪ねるようにしています。その日は幸いなことに職場にいらしたので、すぐにお会いすることができました。

懸案事項は複数ありました。ただ、急ぎの案件はそれほどなく、1週間後にお返事がいただければOKというものがほとんどだったのです。

さて、いざお目にかかって一つずつお尋ねしていくと、その方はその場でテキパキと即断即決ですべて答えを出してくださったのです。たとえば少し時間のかかる調べ物も、その場でファイルを取り出し、私が必要とする情報を即座に書きとめられるようにしてくださったのでした。また、複雑な内容についても関係者にすぐ連絡を取ってくださり、あっという間に話が進展しました。

私としては「特に急ぎでない案件は後日お返事がいただければ」というスタンスでした。けれどもその場で一つ一つ対応していただけたことで、すべて懸案事項が解決したのです。その次に控えている私の業務が、おかげですぐに着手できました。

物事、とりわけ仕事に取り組む際に大事なのは「優先順位をつける」ということです。おそらく私が訪問するまでその方は他の業務に取り組んでいらしたはずです。けれども自分の仕事を中断してまで私の案件を「優先」してくださったのです。本当にありがたいことだと思います。

これは子育ても同様です。私自身、我が子への対応を顧みると、つい「あとでね」となることがあります。でも、「今、この瞬間」を大切にしてしっかりと取り組むことが大事なのですね。

訪問先でその方の素晴らしい仕事ぶりを拝見して、自分の業務への取り組みだけでなく、子育てにまで思いを馳せた一日でした。

(2013年3月4日)

【今週の一冊】

「いのちのヴァイオリン 森からの贈り物」中澤宗幸著、ポプラ社、2012年

著者の中澤氏はヴァイオリンのお医者さん。プロの演奏家が持ち込むヴァイオリンを修理し、自らもヴァイオリンの製作に携わる。東日本大震災の後は被災地に向かい、津波で流された家屋の木材を使ってヴァイオリンを作った。本書は中澤氏の生い立ちおよび現在に至るまでの足跡が記されている。

貧しくても愛情豊かな家庭に育った中澤氏は、父親の影響でヴァイオリンに魅了され、やがて自分で作るようになる。そしてひょんなきっかけからイギリスへと渡る。まだ日本人が少なかった時代だ。辛い経験もされている。

ヴァイオリンは、「生きている木」から作られる。工場生産のようにスピードをもって作れるものではない。木の息吹を感じながら、時間をかけながら、じっくりと完成させるのである。そのために大事なのは「待つこと」だと著者は説く。「仕事のなかに『待つ』という時間をうまくくみこんで、仕事のリズムをつくっていくこと」とある。これは仕事だけでなく、英語学習にも通じると思う。即効性を求めるのではない。時間をかけることも実力をつける上では必要なのだ。

難しい単語には読み仮名が振ってあるので、小学生からでも十分読める。平易な文章が、著者のヴァイオリンへの思いを際立たせている。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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