第106回 通訳者から見た理想的セミナーあれこれ
東日本大震災の直後は国際会議が激減しましたが、最近少しずつ復活しているようです。私はもっぱら放送通訳がメインなのですが、お時間と状況が許す限りセミナー通訳もお受けしています。そこで今回は、通訳者から見た理想的なセミナーについて4点お話いたしましょう。
(1)事前に資料がいただける
昨今は個人情報や会社のコンプライアンスなどといった理由から、資料をあらかじめいただくのがなかなか難しい状況です。私がデビューした当時は、電話帳数冊分の資料があらかじめ宅配便で送付され、通訳者はひたすらそれを読み込み、予習をしました。近年はメールでPDFファイル送付というパターンが増えています。ただその一方で、「資料は一切ありません」ということも少なくないのです。
ところがいざ会場に到着してみると、通訳者デスクの上にドドーンと資料が山積みされています。または、スピーカーとの打ち合わせで「特に原稿はないのよねえ」と言われつつも、手にはカフェのナプキンに殴り書きした構想メモがしっかりあった、ということもありました。「あ~~~、そのナプキンメモで良いからコピーさせてほしかった・・・」と思うこともしばしです。
走り書きでも殴り書きでもマインドマップでも何でも構いません。スピーカーの「頭の中」を垣間見られる手がかりがあればとにかく事前にお借りしたい。それが通訳者の本音です。
(2)日本人の自己紹介について
小セミナーやワークショップなどでは日本人参加者が自己紹介をする時間があります。通常のパターンとしては、「○×△株式会社の新商品企画開発戦略部門でマネージャーをしております柴原早苗と申します」という語順です。しかし同時通訳や逐次通訳の場合、この順序が実は私にとって非常にハードルが高いのです。
なぜなのでしょうか?それは日本語が「文章の冒頭は高い声で入り、低い声で終わる」という話し方をするからです。「○×△株式会社」あたりは高い声で聞き取れるのですが、「柴原早苗です」ぐらいまでに至るとどんどん声が低くなり、しかも自分の名前を超特急で話し切るパターンがとても多いのです。
ですのでぜひお願いしたいのは「お名前→肩書き→所属先名」という順序で自己紹介していただけたらと思うのです。「柴原早苗です。マネージャーをしており、新商品企画開発戦略部門に所属しています。○×△株式会社から参りました」という順序ですね。そうすれば一番訳すべき個人名を最初にはっきりと訳出することができます。そして落ち着いて肩書に移り、最後に組織名という形で終えられます。多少時間はかかりますが、この順序で自己紹介していただければとても助かります。
(3)あいづちはわかるけれど・・・
以前携わったセミナーでのことです。逐次通訳で、私から左斜め前にスピーカーが話しているという形です。一方、私の右手側には聴衆が着席していました。
通訳の滑り出しは順調でした。ところが、最前列の聴衆が英語の分かる方だったらしく、スピーカーが英語を話している間、’Uh-hum’や’I see’とひたすらあいづちの声を出していらしたのです。これは私の集中力不足の問題でもありますが、いったん気になってしまうとどうしてもメモとりに専念できなくなってしまうのですね。気持ちよく来ていらっしゃるお客様に指摘することはできませんので、その時はいったん中断してスピーカーの少し近くに私が移動し、そのまま通訳を続けました。
もし通訳者がヘッドホンもつけず、パナガイドもない中で業務に専念している場合、お近くの聴衆の方は少しだけお気持ちを通訳者に寄せていただけるとありがたく思います。
(4)豪華ホールでも音響が悪いと大変!
あるワークショップでのこと。とても立派な施設で、その中の会議室が使われました。ところが音響が何とも通訳者泣かせだったのです。最新のマイクこそ設置されていたものの、壁や天井の作りのせいか、音がわおんわおんと響いてしまったのです。すぐ目の前に話し手がマイクを使ってスピーチをしていましたが、マイクの拾った声が反響してしまい、逐次通訳では非常に苦労しました。むしろマイクなしの方が良かったのかもしれません。
その時の教訓としては、とにかく早めに現地入りしてマイクチェックを行うこと。ボリュームや調整機能などがあるならば、最大限の努力をしてベストな音響を作り上げること、ということでした。
お客様にとってより良い通訳を提供するために、これからも改善できる部分は改善を続けたいと思います。。
(2013年2月25日)
「目で見ることば」おかべたかし・文、山出高士・写真、東京書籍、2013年
語学の仕事に携わるという日常なので、「ことば」と名のつくものにはつい反応してしまう。本書は新聞広告を見て購入したもの。表紙には干したタコが大写しになっている。その下の帯キャプションが「私が『引っ張りだこ』です」。この本は、様々な言葉の由来を写真で表したものなのだ。
パラパラとめくってみると実に面白い。「阿吽の呼吸」に始まり、「埒が明かない」まで40の言葉が紹介されている。それぞれには意味が付いており、写真の裏ページには、このことばに付随するエッセイも掲載されている。写真集として、エッセイとして、大いに楽しめる一冊だ。
私は幼少期に海外で過ごしたこともあり、四字熟語や古典、日本史などが苦手だ。通訳の際にもこの分野が弱いと痛感している。本書を読むことで「知っている熟語」から「使える表現」へと変えていき、日々の会話でも生かしていけたらと思う。
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