INTERPRETATION

第105回 お役に立ちたい

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

東日本大震災から間もなく2年がたとうとしています。ここ数か月、震災関連のニュースは新聞やテレビなどで減ってしまっているようです。せめてこの3月には再び取り上げられることを願います。同じ日本の中でも、まだまだ苦しい状況に直面している方々がたくさんいらっしゃるからです。

私が指導する大学の教え子は、震災直後に学内サークルを通じて被災地ボランティアをしたそうです。仕事先のスタッフは震災直後に現地入りして、がれき撤去のお手伝いをしたと語っていました。一方、私の夫は被災地の高校で授業をする機会を頂きました。新幹線の最寄りのターミナル駅は今までと変わらなかったものの、海岸の方へ車を走らせるや、その衝撃的な光景に言葉を失ったと語っていました。

私はと言えば、被災地に実際足を運ぶ機会もないまま今に至っています。それでも何かしらお役に立ちたい。そんな思いから震災関連の本を読み、このコラムでも紹介してきました。被災地で営業していたお店が再開したと知れば、ネットで商品を取り寄せるなど、自分なりにできることを続けています。ささやかではありますが、一人一人が力を出せば状況を変えられる。そんな思いを抱いているのです。ただ、それと同時に「もっと自分は何かやるべきではないのか」「ただ本を読んだりグッズを買ったりするだけでは不十分なのでは」という負い目のようなものも感じていました。

先日、指導先の通訳学校で短期コースが開催されました。私が担当したのは1日完結の通訳講座です。単発のセミナーには毎回色々な方がいらっしゃいます。短時間で実力をつけたい人、春学期に入学を検討中の方、お試しコースとして受けてみたいタイプなど、実に様々です。

私にとって今回のコースは特に印象的でした。というのも、被災地で通訳者として稼働している方が参加してくださったからです。

この方は現在、震災関連のマスコミ取材通訳を始め、司法関連通訳のお仕事もしていらっしゃるそうです。東京から離れているため、なかなか通訳の勉強をする場がなく、自学自習で続けて来たとのこと。そのお話から、何とか今以上の力をつけて仕事に生かしたい、お役に立ちたいという気持ちが滲み出ていました。

そのとき私は気づいたのです。私の役目というのは、「頑張っている人を応援することである」と。今までは「私が前に出てできることは何か」を考え続けてきました。私「が」実践せねばならないという気持ちが強かったのです。

けれども被災地支援というのは、必ずしも現地へ出向いたり、寄付をしたり、物資を購入したりすることだけではありません。前線で頑張っている人を応援するのも支援の一環なのだと改めて気づきました。

私が英語を学ぶ人たちに願うのは「自立した学習者になる」「今の英語力を社会に還元する」の2点です。教師は勉強の仕方を教えることはできます。けれども「生徒の代わりに勉強してあげること」はできません。指導者が学びのきっかけを提供し、学習者が意欲を持って学んでいくことで初めて、実力はついてくるのです。

被災地はもちろんのこと、それぞれの場で積極的に活躍していく人材を育てたいと思います。「お役に立ちたい」と願う人の「お役に立つこと」をこれからもめざしていきたいと改めて感じています。

(2013年2月18日)

【今週の一冊】

「いつやるか?今でしょ!」林修著、宝島社、2012年

私の本業は放送通訳者である。しかし家ではテレビをほとんど見ない。見たい番組がないからである。でもサッカー日本代表の試合だけは好きなので、対戦がある日は放送時間きっかりにスイッチを入れる。試合の合間に決まって流れるのが某大手予備校のCM。それに出演しているのが本書の著者、林修先生である。名セリフは「いつやるか?今でしょ!」。身振り手振りにインパクトのある表情が印象的だった。その台詞がこの本のタイトルになっている。

本書は予備校生向けというよりは、むしろ社会でがんばっている大人に向けてのエールだと思う。景気低迷で何かと息苦しい今の世の中、どのような視点を持ち、どういう行動をとれば良いのか、著者の経験を踏まえたエピソードが紹介されている。

印象的な個所がいくつかあった。

「後悔はやらなかったことから生まれる」

「『自己満足』を優先すれば、たいていは失敗に終わります」

「一番恐れなければならないのは、いたずらに恐怖をあおって自らを絶望に陥れること」

タイトルにあるとおり、大事なのは「いつか」ではなく、やるべきことに「今」取り掛かることである。そうすることで何かが変わる。そのような信念を持って生きていくことが大切なのだ。

ところで林先生のCMセリフ「いつやるか?今でしょ!」はここ1年ほど別の文章に変わってしまった。また見たいなあと思っていたところ、何と最近はトヨタのCMに起用されていたのである。こちらも見ごたえ大。何よりもトヨタのコマーシャルに抜擢した広告代理店の目の付け所に脱帽。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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