INTERPRETATION

第490回 本との出会いもタイミング

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日、早朝シフト業務を済ませた後、かなりヘロヘロ状態で帰宅しました。このような際の私は、かなり脳の機能がおかしくなって(?)いるようで、元気なときとはこれまた異なる思考回路になってしまうようです。

普段であれば何とも思わないこと、たとえば車内のおしゃべりがなぜか気になってしまったりするのですね。要は疲れているのです。「くたびれているから車内で寝て帰ろう」とも思うのですが、なぜかそのようなときに限って眠れず。本を読んでも上の空、ボーっとスマホでネットサーフィンをして結局首がさらに凝ってしまうという状況です(反省)。

頭と体の疲労、そして睡眠不足とトリプルパンチになってしまうと、考え方がネガティブになりかねません。自分の過去のミスを思い出してはうじうじしたり、嫌なことを思い返しては気分がドーンと落ち込んだりします。

我ながら「厄介な性格だなあ」と思ってしまいます。

そのようなさなかに、とある文章と出会いました。

読んでいたのはコミー元FBI長官が記した最新刊”Saving Justice”という本です。トランプ前大統領にFBI長官の職を突然解任されたことは数年前、大きなニュースとなりましたよね。そのコミー氏が正義や司法について記している一冊です。

その中でラインハルト・ニーバー(神学者)のことばが引用されていました。コミー氏は若い頃、ニーバーから大きな影響を受けています。

“God, grant me the serenity to accept the things I cannot change, the courage to change the things I can, and the wisdom to know the difference.”

これはニーバーの有名な一節です。「神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることの出来ないものとを、識別する知恵を与えたまえ。」と訳されています。

この文章から私はとても勇気を得たのですね。と言いますのも、自分以外を変えることは何をどうがんばっても無理だからです。このことは随分前から言われていることですが、やはり自分自身がそれを心から受け止め、良い意味で諦念して受け入れることが一番なのだと感じます。

この文章に出会うまで心の中がモヤモヤしていたのですが、コミー長官が紹介したニーバー師の言葉から、大きな大きな勇気をもらいました。

本との出会いもタイミング、その中の文章が人の生き方を左右することもあるのですよね。

(2021年5月4日)

【今週の一冊】

「立体交差 ジャンクション」大山顕著、本の雑誌社、2019年

以前訪れた伊豆半島の某場所に、立体交差と思しきコンクリートでできた道路がありました。ただ、この道路は完成を待たず、廃墟となっていたのですね。バブルが崩壊して建設費が賄えなくなったのでしょう。朽ちかけたコンクリのかたまりが不気味にそびえたっていた光景を思い出します。

今回ご紹介するのは、高くそびえる立体交差です。交通情報ではよく「○○ジャンクション」と名前が出てきますよね。私は時々高速道路を運転するのですが、ジャンクションでは本線に入り込む際にスムーズに合流せねばなりませんので、かなり緊張します。でも、運転とは別に「視覚的に」ジャンクションをとらえてみると、どのジャンクションにも特徴や周囲の風景などがあり、見ごたえがあります。

本書をめくると沢山のカラー写真が出てきます。日本全国のジャンクションから厳選されており、現在の様子だけでなく、建設中の写真もあります。撮影のアングルも水平にとらえたものはもちろん、下から見上げたものやジャンクションの一か所をズームで写したものもあります。あらためて眺めてみると、ループやカーブにもそれぞれ特徴があるのですよね。

著者の大山氏は写真集「工場萌え」でも知られています。着眼点のユニークさのお陰で、素晴らしい写真を眺めることができました。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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