第104回 片づけの効用
ここ数年、片づけや断捨離といったキーワードがブームです。あふれかえったモノを処分し、すっきりとした暮らしを営むことにより、心も体もリフレッシュできるというのがその考えの根底にあります。
私は子どものころから物を片づけるという作業が好きでした。強制的にしつけられたわけではありません。今ある状況に変化を加えることで、何かしら改善が見られるのが嬉しい。そんな単純な理由からでした。幼少期にイギリスにいたころ、英語ができず、内向きだった性格もあったのでしょう。友人と遊ぶ代わりに身の回りの整理をして時間をつぶしていたのかもしれません。
近年の私の片づけはパターン化しています。定期的に行うのではなく、むしろ発作的に片づけを始めます。通訳業務の準備中、突然取り掛かることもあります。「う~ん、机の中身が出しづらい!」となるや、資料そっちのけでせっせと入れ替えをしたこともありました。もっとも、後になって慌てて通訳資料の読み込みをするわけですが。
大抵の場合、ラジオやCDを付けてアップテンポな音楽をBGM代わりにしています。一人カラオケ状態になるとリズムやビートが影響するのか、意外と物の処分が早く進みます。
昨日もひょんなことから片づけに取り掛かりました。ただ、今までとは少し異なる結果になったのです。近年の片づけ本では、「机の上をすっきりさせる」「今使わないものは卓上に出しておかない」というルールが見られ、私もそれに従っていました。けれども、「そこそこ頻繁に使うものを引き出しにしまうと、かえってその都度出すのが億劫になる」と感じていたのです。
そこで発想の転換を図りました。今まで引き出しにしまっていた英和辞典と国語辞典を再び机の上に出すことにしたのです。それまでは「机の引き出しの最上段は一番使いやすいので、そこに使用頻度の高いものをしまう」ことを順守していました。でも、いくら「開けやすい引き出し」に入れても、やはり取り出すだけでひと手間ふた手間かかります。ならば、出したままにしておこうと思ったのです。
考えてみたら、ことばを生業としているのですから、自分が一番大事にしている「ことば」関連のものは、すぐ手の届くところに置いても良いわけですよね。ハウツー本のルール「だけ」にこだわりすぎるのではなく、少しずつ改善を加えて自分なりの法則を打ち出すことも大切だと改めて思いました。
さて、片づけの効用とはどのようなものでしょうか?私にとっては何と言っても「工夫して改善した結果、格段に使いやすくなった」と実感できることです。今も「格段」という言葉をこのコラムで用いる際、「あれ、『格段に』だっけ?『格段と』だったかな?」と迷ったのですが、目の前の辞書をすぐに引くことができました。こうした「効果」が嬉しいのですね。
暦の上ではすでに春。合間を見ながら少しずつ色々なところを片づけていきたいと考えているところです。
(2013年2月11日)
本を読んでいて楽しいのは、芋づる式に新たな書籍との出会いがあることである。本書を知ったのもそんなきっかけだった。先日、我が家の近所にある大学に出かけた際、生協の書店に立ち寄った。そこで手に取った本が面白く、その中で勧められていたのが今回ご紹介する「教え上手」である。
有田先生は小学校で長年教鞭をとられ、「教育界のカリスマ」と評されている。授業の進め方、児童の引きつけ方など、子どもたちのことを第一に考えた運営は多くの若手教員を魅了している。
私を含め、教える立場にいる人というのは、ついつい「たくさん教えたい」という思いに駆られるのではないだろうか。授業中にあれも伝えたい、これも覚えてもらいたいという具合に、授業準備で知ったことを、教壇からどんどん話したくなってしまうのだ。
けれども「教え惜しみ」こそ自力で考える力を養うと有田先生は説く。私の場合、終わりのチャイムの時点で授業をすっきり完結させたいと考えていた。一方、有田先生によれば、余韻を残し、「どうしてそうなのだろう?」というモヤモヤ感や疑問を抱かせた状態で終わらせた方が、生徒は自力で調べるというのだ。
「人を教えること、人を育てることはもともと時間のかかる行為です。その手間を惜しんで効率やスピードばかり求めていたのでは、大切なことがつたわりにくくなってしまう。」
このように有田先生は述べている。
学ぶ際に大事なのは、効率ではない。むしろ「ムダや遠回り」こそ知は膨らみ、深みを増すと説く有田先生。教育の場だけでなく、子育てでも部下の教育でも参考になる、そんな一冊であった。
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