第488回 「教え魔」
先日、車を運転中にラジオから興味深い話題が流れてきました。テーマは「教え魔」です。もっとも最初、耳から「おしえま」と聞いた際、私の頭の中では「押し絵馬」という漢字変換がなされたのですね。「受験シーズンも終わったけれど、何か新しい流行があるのかしら?」と思ってしまったほどでした。
で、本題の「教え魔」。私にとっては初耳の単語です。キャスターの説明を聞いたところ、神奈川県のとあるボウリング場で「教え魔」を注意するポスターが掲げられ、それがSNS上で話題になった、とのことでした。
「教え魔」の定義は、「頼んでもいないのに、あれこれと教えたがる他人」を指すのだそうです。そのボウリング場では、見知らぬ人が別のレーンでプレーしている人にボウリングのうんちくを語り、ひどい時には体を触ってまで「指導」してくるのだとか。そうした「教え魔」に対する苦情が増えている、というものでした。
ではなぜ「教え魔」は教えたがるのでしょうか?専門家によると、「教え魔」は「自分がこよなく愛するテーマを他人にも伝えたい」という思いがあるそうです。と同時に、教えるという行為は、相手よりも自分が上に立つことになります。よって、相手が知らないことを伝えるというのは、教える側を気持ちよくさせるのですね。
一方、教えられた方はと言えば、適度な指導であれば感謝するでしょう。けれども、お願いしたわけでもないのに何だかんだと言われることは迷惑ですよね。さらに「本人なりに工夫をしながら自分なりの方法を模索中」という場合、「教え魔」の行動はかえって相手のやる気を削いでしまいます。なぜなら上から目線で「教え魔」の方法論を説かれたとて、相手にそれが有意義とは限らないからです。
番組では運動のコーチをしている方のメソッドも紹介されていました。そのコーチ曰く、大事なのは指導を受ける側が何を求めているかをコーチが知ることであり、相手の望みを汲み取り、一緒に考え、方法を導き出すことなのだそうです。
私は大学時代、デパートの販売員やファストフード店員、棚卸スタッフや家庭教師はアルバイトとして経験があるのですが、塾講師はしたことがありませんでした。当時の私は「着席して一斉に教卓を見ている学習者」を前にすることに大いなる緊張感を覚えていたのです。ゼミの発表ですらアワアワ緊張していましたので、「塾講師などとてもとても」という状況でした。
ですので、通訳業に携わりつつ、ひょんなご縁で指導をするようになった今でも、人前に立って教えることには少なからず緊張します。いつも意識しているのは、「自分が話し過ぎていないだろうか?」「私の好きな分野について、ついつい『語り』をしてはいないか?」ということなのですね。
「通訳現場の体験談を授業で披露することで、通訳への関心を高めてもらいたい」という思いはもちろんあります。でも、私の「独演会」になってしまっては、せっかくの学びの場で学習者たちが実践的なトレーニングや声を出すことそのものが減ってしまうでしょう。
「教え魔」になり過ぎていないか?話し過ぎていないか?
通訳も指導も「ことば」を使うからこそ、自分を律していきたいと思っています。
(2021年4月20日)
【今週の一冊】
「自分のついた嘘を真実だと思い込む人」片田珠美著、朝日新書、2015
海外の大学院で勉強していたころ、ロシア語同時通訳者の米原万里さんが「不実な美女か貞淑な醜女か」という本を出版されました。通訳エピソード満載の一冊です。通訳者というのは、原文に忠実でぎこちない直訳をめざすか、それとも、原文を意訳して美しい訳文にするかで迷うのですよね。嘘八百とまでは行きませんが、私自身、「うーん、ちょっと意訳し過ぎてしまったかしら?」と思うことはあります。何しろ同時通訳の場合、瞬時に訳出せねばなりません。黙ってしまってはいけないのですね。
さて、今回ご紹介する本は、嘘をテーマとしたものです。人は生まれてから一度や二度ならず嘘をついたことは誰もがあることでしょう。たとえば私は幼少期に、食卓のマグカップに入っていた木製耳かきの先端を折ってしまったことがあります。「接着剤で修復する」などという方法論は思いつかなかったため、そーっと戻してしまいました。けれども良心の呵責で数時間後、母に「もし耳かきが折れちゃったらどうする?」と質問したのです。母は「折れるわけないでしょ」と返答するも、「でも、もし折れちゃったら?」と私は聞き続けていました。何度も同様のやり取りを経て母が「新しいのを買えばいいわ」と言った途端、自分の罪(?)を白状したのでした。「もし折れたら」というのは、私なりの嘘および隠ぺい工作だったと言えます。
本書ではSTAP細胞事件やゴーストライター作曲事件などを引用しながら、人がつく嘘について分析しています。また、嘘をつく人の特徴として「自分の嘘をあばいた相手を糾弾する」(p40)、「(相手を信用させる人は)笑顔を絶やさず、目をそらさない。立て板に水のように流暢に話すし、質問に対しても即座に答えるので、聞いているほうは、まさか嘘なんかついていないだろうと受け止めてしまう」(p59)なども紹介されています。
では、相手の嘘を見抜くにはどうすれば良いでしょうか?著者の片田氏によれば、相手と「話したあとに感じる何となく妙な感じ」(p159)を大事にすべきなのだそうです。つまり、直感的に「この人は信用できない」と思った場合、意外とその勘が当たるというのですね。そういう相手は自分の嘘を真実だと思う傾向があり、「子供の頃から窮地に追い込まれるたびに嘘を重ねることによって切り抜けてきた」(p194)とも書かれています。
自分を守っていくのであれば、そうした信頼できない人とは「きっぱりと別れる」べきと結ぶ著者。振り込め詐欺やフィッシング詐欺が横行する今こそ、自衛策を講じる必要があると感じました。
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