INTERPRETATION

第103回 学びのモチベーションに必要なこと

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

私が教えている通訳学校では、先日期末試験が終わりました。半年間学び続けた受講生たちにとっては進級がかかっているテストです。今学期が終わると学校では春の特別講習が開催され、4月からは新学期が始まります。

私はこれまで英語塾や通訳学校などに通ったことがあります。学生時代は大学の授業だけでは飽き足らなかったのです。それで通訳養成所に足を運んだり、師匠が教える英語塾でも学んだりしました。数年前からは独学でフランス語の通信講座に取り組んでいます。学びには色々な形があり、通学や自主勉強会、通信教材、今ではスマートフォンのアプリなども便利な時代です。それぞれの生活環境やライフステージによって、学びの形態も変化してくるのでしょう。

ただ、これまでの経験から見てみると、私の場合、以下の3つの条件が学びの継続には重要になっています:

1.良き先生
2.良き仲間
3.良き教材

この3点がすべてそろっているのが私にとっての理想です。この要因が全部整っていれば、「勉強しよう、続けよう」という気持ちも長続きすると思うのです。一つでも欠けてしまうと、あとは意志の力で頑張ることになります。現在のフランス語学習では「2.良き仲間」がいませんが、それを補えるだけの良き先生と良き教材に恵まれているのは恩恵だと思っています。

上記3つのうち、中でも一番大きいのは、「1.良き先生」だと私は考えます。かつて高校生の頃、私は理科や数学が大の苦手でした。今でも得手ではありません。でも当時、物理の先生が実にユニークだったのです。教科書ももちろん使いましたが、独自の教え方で授業は進められていました。何よりも、先生の物理に対する「愛情」があふれていた50分だったのです。「物理って何だかワケわからないけれど、先生があれだけ楽しそうに教えているから、きっと本当は楽しい科目なんだろうなあ」というのが私の印象でした。

それでも結局「物理好き」になれなかった私は、不肖の生徒でもあります。けれども当時の授業を思い起こすにつれ、「先生自らが授業を楽しんでいる→教室の雰囲気も良くなる」という、私なりの法則性は確立されました。

そうした先生であれば、多少教材が難解でも先生なりの「調理法」で学びやすい教材へ変わると思うのです。近寄りがたい教科書も、少しは興味の対象として生徒も見ていくのだと思います。そして、同じ教室で学ぶ仲間と楽しみながら、また、励まし合いながら学んでいくことで、学問の喜びを感じていけるのでしょう。

今の時代は誰もが忙しくなっています。景気後退のあおりを受けて、自らの学びにお金を捻出するのも難しい状況です。一方、スマートフォンを始めとする電子機器の技術には目覚ましい進歩が見られます。無料のアプリを使えば何でも学べる、そんな恵まれた時代なのです。

けれども、そうした便利な道具を使って学びを行うためには、学ぶ側の「真剣度」も求められます。「いつでも・どこでも学べる」ということは、逆を言えば「あとでできるからいいや」という言い訳が出てこないとも限りません。つまり、「いつになっても、どこにいっても学ばない」ということになってしまうのです。

多少お金がかかっても、時間的拘束があっても、良き先生や良き仲間と同じ教室で定期的に学ぶことこそ、学問の継続性につながるのではないでしょうか。そして良き教材を通じて自らの好奇心を満たしていくことこそ、真の学びの喜びを得られるのだと思います。

(2013年2月3日)

【今週の一冊】

「丁寧を武器にする なぜ小山ロールは1日1600本売れるのか?」小山進著、祥伝社、2012年

私は毎朝ラジオをつけるのが日課になっている。家によってはテレビで天気予報と時刻をチェックしながら身支度をするところも多いであろう。ラジオの場合、聞こえてきた内容を頭の中でビジュアル化できるので、通訳のリテンション訓練にもなると私は思っている。また、他の作業もできるので私にとってはありがたい。

今回ご紹介する著者の小山進さんは、NHKラジオの「にちようあさいちばん」のインタビューコーナーに登場されていた方である。小山さんは兵庫県三田市で「パティシエ エスコヤマ」というスイーツ店を経営なさっている。海外での修行経験が一切ない中、本場フランスで行われたコンクールで何度も優勝を重ねてきたという経歴の持ち主だ。

本書を読み進めると、小山氏のスイーツへの情熱や仕事への取り組み方が書かれており、非常に刺激を受ける。中でも一貫して述べられているのが、「当たり前の事こそ丁寧に行う」という考えだ。掃除の仕方にしても、お店の運営にしても、ケーキの作り方にしても、とにかく努力を重ねる、丁寧さを欠かさないといった、実は日本人が得意とする美学の必要性を説いているのである。

何事もスピードを良しとする時代に生きる中、日本人が本来持っている丁寧さというのは大きな恩恵なのだ。確かに私自身、イギリス暮らしから帰国後、日本のスーパーでお釣りを両手で丁寧に渡された時には驚いたし、書店で本を購入した際には袋のテープに少し折り返しがあって開けやすいような気配りがなされていたことにも感激した。そうした丁寧さが、実は大事なのである。

空気のようにあまりにも当たり前になっている日本ならではのサービス。その良さに改めて注目し、大切にしていきたいと思った一冊だった。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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