INTERPRETATION

第480回 自力・他力

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

ここ数年間、私は股関節の痛みに悩まされてきました。その都度、病院へ出かけたりマッサージに行ったりして何とか切り抜けてきたのですが、数週間前、あまりの痛みにセカンドオピニオンを求めて別のクリニックへ行きました。そこから紹介状を頂き、総合病院へ。レントゲンや検査の結果、手術を勧められたのです。

痛みが長引いていたこともあり、いつかは手術をせねばならないだろうという覚悟はありました。書籍やネットなどでその手術についても知識は仕入れていました。でもいざ、「手術ですね」と淡々と言われてしまうと、動揺するものなのですね。

そのとき説明されたのは、手術のスケジュールでした。いつ入院していつ手術当日になるか、また、リハビリに何週間要して退院はいつかというお話でした。

正直、困惑しました。私はフリーで仕事をしていますので、仕事を休むとなると、様々な調整が必要になります。正社員ではないため、「仕事をしない=収入ゼロ」です。4月になれば指導現場も新年度となりますので、穴をあけるわけにはいきません。

とりあえずその日は一旦答えを保留にさせていただき、じっくり考えることにしました。

自宅に戻り、落ち着いて改めて考え始めた際、色々と頭の中に考えが浮かびました。まず、手術の具体的内容やリスク、リハビリ内容や費用などの説明があの場で無かったことが私の中で引っかかっていました。もちろん、病院側は多忙ですので、そうした説明はいざ申し込みをしてから詳細が出るのでしょう。でも私としては、不安材料を先に聞いておきたかったのですね。

これまで私は出産も自然分娩、骨折経験もなく、手術経験はゼロです。本当にめぐまれてきたと思っています。でも関節痛を取り除き、さらに健康で生きていくためには手術は不可避なのかもしれません。ただ、やはりここまで来たこともあり、どうしても抵抗があったのですね。

そこで私がやったこと。それはさらにネットで検索し、とある整体院を見つけたことでした。ウェブの予約フォームに入力し、その日の午後、もし運が良ければと思い、予約を入れてみたのです。すると先生からすぐに返信があり、希望時間に施術を受けることができました。

その先生のもとには私のような関節痛に苦しむ人が全国からやってきます。1時間の施術で先生は丁寧に筋肉をほぐしてくださり、ストレッチがなされました。今まで可動域が全くと言ってよいほどない硬さだったのが、終了時には詰まり感も取れ、痛みもなくなっていました。

先生からはストレッチ法や日常生活の過ごし方、やってはいけない運動など具体的な指導をしていただきました。帰宅の途につく際、私はここ数年間、味わうことができなかった体の軽さと痛みフリー状態をようやく味わえたのです。

先生によれば、大事なのはきちんと自分でストレッチをしていくということなのですね。今まで私は痛くなると整形外科へ駆け込み、シップと鎮痛剤を処方して頂くことを繰り返していました。さらに肩こりなどがあると自分でストレッチするよりさっさとマッサージ店へ行っていたのです。

そう考えると、私のやり方は今まで完全に「他力本願」だったのですよね。痛いから誰かに治してもらうということだけに焦点を当てていたのです。

でも、自分の体のことなのです。痛みを放置するのではなく、自分から積極的に、自力でストレッチや生活改善を図らなくてはいけないのです。そのことに気づかされた整体院でした。

今年度は授業もオンラインとなり、執筆作業に加えてPC作業が激増しました。私はついついキリの良いところまで集中したいという癖があり、休憩も取らずに徹底的に作業をしてしまうタイプです。それが頭・首・肩・肩甲骨・背中などの筋肉を固くさせていました。筋肉はすべて頭のてっぺんから足先までつながっています。このような無茶な仕事をしていては関節が痛くなるのも当然でしょう。

自分の体は自力でケアする。そのことに気づかされ、反省した出来事でした。手術を回避できるよう、これからも頑張ります。

(2021年2月16日)

【今週の一冊】

「世界の宮殿廃墟 華麗なる一族の末路」マイケル・ケリガン、ナショナルジオグラフィック他著、日経ナショナルジオグラフィック社、2020年

廃墟というのはブキミでいて、どこかしらロマンを私は感じます。それまで人々がごく普通に暮らしていたり、その建物を利用していたりしたにもかかわらず、何らかの理由があって使われなくなってしまったからです。戦争や事件・事故・自然災害などによって朽ちるままとなり、荒れ果てた光景へと移り変わる様子は、見ていて切ないものです。

今回ご紹介するのは世界にある廃墟、しかも宮殿をメインに取り上げた一冊です。本物の宮殿だけでなく、宮殿のようなデザインのホテルなども掲載されています。遠い過去に廃墟となったものもあれば、2010年のハイチ大地震で破壊した大統領宮殿も出ています。ハイチの災害は私も放送通訳現場で同時通訳しましたので、今でも記憶に残っています。

一方、私の中で「宮殿」というとヨーロッパのイメージが濃くあるのですが、実はアメリカのニューヨーク州などにも宮殿のような邸宅があります。たとえばニューヨークのウォルドルフ=アストリアホテルを建てた経営者ボルトは、妻のためにボルト城を贈ることにました。しかし、妻が他界するやボルトは悲しみに暮れ、建設を投げ出してしまい、廃墟となったそうです。しかしその後、修復されて現在は観光名所になっています。

もう一つ印象的だったのが、ロンドン北部ハムステッドにあるビショップス・アベニューという邸宅街です。こちらは億万長者街と言われているものの、近年は購入するも入居せずという状態が続いていたり、売れずに廃墟と化したりしたものが少なくありません。The Guardian紙もこれについてレポートしています:
https://www.theguardian.com/society/2014/jan/31/inside-london-billionaires-row-derelict-mansions-hampstead

最後にお伝えしたいのが日本の八丈オリエンタルリゾートです。かつて60年代には日本のハワイと言われていた八丈島ですが、海外旅行が解禁されるや次第に人気が下火となりました。このホテルも90年代に廃業し、今では廃墟となっています。数年前に仕事で八丈島へ出かけた際、この建物の目にし、華やかなりし日々に思いをはせたのでした。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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