第478回 原因よりも解決策
しばらく順調だった関節痛が、最近また痛み始めました。随分前にマラソンをやっていたころ、きちんとストレッチをせずに酷使してしまったのが遠因だと思います。その当時にかかった整形外科では、「コンクリートのような地面での激しい運動は控えるように」と言われました。ただ、「ジムのような柔らかい床であれば大丈夫」ということだったのですね。
もともと私は「スタミナを維持することが通訳パフォーマンスにつながる」と思っています。ですので、スポーツクラブに行くのも半ば仕事の一部であり、気分転換でもありました。
最初に痛みを覚えてからずいぶん年月が経ちますが、状況は良くなったり痛んだりという具合です。調子の良いときは定期的に運動しているのですが、悪化するとジムはお休みして通院、という感じでした。
そしてここ数週間、どうも痛みが抜けず、マッサージに行ったり、自宅でストレッチをしたりしていました。けれども2週間前にとうとう激痛になってしまい、階段すら上がれらなくなってしまったのです。
さあ、困りました。我が家のマンションにはエレベーターがありません。4階の自宅までひたすら階段です。かつて痛みを覚えたときは、それでも何とか上がれたのですが、今回は初めて手すりを頼りに上っていきました。それぐらいの痛みは経験したことがありませんでした。
セカンドオピニオンをという思いもあり、数日後に別の整形外科へ。レントゲン撮影の結果、念のためMRIを撮り、専門医にかかった方が良いとのアドバイスを受けました。確かに以前見たレントゲン写真のときよりも、骨の隙間が狭くなっているのが私でもわかります。
単なるシップと痛み止め薬だけという今までの対処法から一歩進めたのは、私にとって福音でした。MRIを撮影すれば、状況はより明らかになるでしょう。さらに専門医に診ていただければ、たとえ長期の治療になるにしても、必ず出口はあるはずです。
とは言ったものの、さすがにその日は精神的にこたえました。
「人間は誰もが少しずつ年を重ねていく。肉体も万能ではない分、どこかに支障が出てくるのはやむを得ない。」
このことを頭では理解していても、やはり現実を突きつけられたような気がして、ショックだったのですね。
「マラソンに励んでいたころ、どうしてきちんとストレッチをしてあげなかったのかな」
「ジムのレッスン後、もっと丁寧にストレッチすれば良かった」
「マッサージ代を節約したのがいけなかったのかしら」
という具合に、色々と悔いが出てきてしまいます。
けれども、こうした思いはすべて過去に対する悔いであり、今、ここであれこれと原因探しをしたところで先へは進めません。確かに理由を考える方がラクなのですが、そればかりしていると、未来に向けて気持ちを向けられず、「回復のための方法探し」を丁寧に考えないことになります。
実は通訳業務も同様です。「あの単語の訳を間違えた」「もっと予習をすれば良かった」など、後から振り返れば私など反省だらけになってしまいます。でもそこでオロオロしていても、前には進めませんよね。私の場合、こと通訳業務に関しては、「うん、確かにあそこは○○ではなく××と訳した方が良かったわよね。でも、もう言ってしまったのだから今さらクヨクヨしてもどうにもならない。再発防止にはどうすれば良い?」と考える体質が幸いなことに出来ています。たとえば「間違えないようにするためには、付箋紙に間違いやすい単語を書いて電子辞書に貼りつけて現場に行く」「暗記するまで何度もブツブツ唱える」という具合です。
仕事ではきちんと改善策のために色々と考えられるのであれば、日常生活で応用しない手はありません。
よって、関節痛に関しては、
「必ず治療法はあるのだから、今は治すことに専念する時期。多少、ジムをお休みすることになったとしても、今、しっかり治していけばこれから先、もっともっと運動を楽しめるようになる」
「家でもできる体力づくりはあるはず」
「あ、そうだ、スポーツ選手のリハビリ体験談をネットで探したらあるかな?」
このような感じで見ていけば良いわけです。
肉体的痛みというのは、ややもすると心にも痛みをもたらしてしまいます。でも、「必ず出口はある、絶対大丈夫!」と言い聞かせて、必死になって解決策を考える方が気持ちも断然前向きになれると思います。
(2021年2月2日)
【今週の一冊】
「地図の博物図鑑」ベッツィ・メイソン、グレッグ・ミラー著、日経ナショナルジオグラフィック社、2020年
小学校2年生のとき、地図が全く読めなかった母に変わって「人間ナビ」を務めたのが、私と地図の出会いです。当時はまだカーナビがなく、後部座席から私は父に「次の交差点を右、○○というジャンクションまであと△△キロ」という具合に伝えていたのですね。以来、今でも地図は私の趣味としてあり続けています。
ロンドンで留学生活を送っていたころは、美術展の中でも地図が描かれた作品、たとえばフェルメールなどの絵に魅了され、切手集めにおいては地図が掲載された切手デザインを集めたりするなど、地図は常に私の中のキーワードでした。ロンドン市内のオークションハウスで地図が落札されると聞けば、「お金があれば入札したいなあ」と本気で思ったものです(もちろん貧乏学生ゆえ無理でしたが)。
数年前、ロンドンに旅行した際には大英図書館が開催していた公開講座に出かけました。レクチャー内容はもちろん「地図」です。コロナでイギリスは遠くなりにけりなのですが、また収束したらロンドンの古書店で地図を探したり、レクチャーや美術展などに足を運びたいと思っています。
今回ご紹介する一冊は、様々な地図が掲載されているものです。いわゆる地理的なマップだけでなく、脳内の地図や月面地図など様々です。中でも私のお気に入りは紅茶をテーマにした世界地図。イラスト風になっています。たとえばサハラ砂漠のところには”No water to make tea”、イギリスのところには”The British Navy drinks two tons of tea every day”といった小話が出ています。他にもブリティッシュ・エアウェイズの前身Imperial Airwaysの航空ルートに魅了されました。
最後に手書き地図製作に携わったアーウィン・ライス氏のことばを。
「地図はふつうの人が見てすぐに理解できる。抽象的な図表を読みとかなくてもその土地の様子が実感できて、風景が見えてくる」(p124)
通訳の仕事に携わる私は、「聞いた内容が実感できて、その情景が見えてくるような通訳」をめざしています。地図製作も通訳業務も、共通点があるのですよね。
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