第1回 日常すべてが訓練の場
みなさん、お気づきになりましたか?このたびハイキャリアのサイトがリニューアルされました!過去数年間「通訳者のたまごたちへ」と題して続けてきた私のコラムも、今回の刷新を機に「通訳者のひよこたちへ」とタイトルを変更いたしました。今後ともご愛読いただければ嬉しいです。また、ご意見・ご感想などもいただけますと、私にとっての励みになります。どうぞこれからも引き続きよろしくお願いいたします!
さて、我が家は小学校低学年の子供が二人います。私にとって、外での指導や通訳業務、家にこもっての執筆活動など、毎日の生活はあっという間です。もう少し効率的に時間を使えればと常に思いながらも、あれこれと雑事に追われてしまい、肝心の最優先事項が後回しになることもしょっちゅうです。そのような日は学童へのお迎えも夕方ぎりぎりになってしまいます。そして帰宅後から子供たちを寝かせるまでの時間はまさに戦争状態です。
子供たちが学校から持ち帰る連絡帳の点検・サイン、各種お知らせプリントのチェック、児童クラブの連絡ノート記入といった事務処理があります。学校行事用の集金袋にお金を入れたり、工作で必要な空き箱やテープなどを用意したり、生活科授業のために子供用軍手やボンドなどを持たせたりすることもあります。学期や月初めにあらかじめお知らせが配られるので、そうした細々したものは事前に揃えているのですが、たまに忘れてしまうと「え?空き箱?キラキラ包装紙?家にない!どうしよう!?」と大いにあわててしまいます。
そしてもう一つ、低学年での必須事項があります。毎日の音読と計算カード暗唱のチェックです。確か私が子供のころは音読の宿題はなかったのですが、最近は暗唱したり声に出したりすることに焦点があてられており、おかげで「声に出して読む楽しさ」を子供たちも実感しているようです。実にありがたいことだと思います。
とは言うものの、帰宅から寝かせるまでというのはわずか3時間ほどしかありません。子供たちは一日の出来事を話したくてうずうずしてもいます。そうした中、「やらねばならない事務処理や宿題チェック」を優先せねばならず、子供たちのおしゃべりへの傾聴がこのところついおざなりになってしまいました。聞きながらも私の頭の中では「早く連絡帳にサインして、宿題させて、明日の準備させなきゃ」と段取りばかりを考えていたのです。
あるときふと、これではいけないと気づきました。私の場合、母が専業主婦で家にいたため、学校から戻ると一日の出来事を逐一報告して育ったのです。そうしたことを振り返ると、たとえ時間が限られていても、聞くという姿勢だけは見せたいと思うようになりました。
学校での遊びやカードゲームの話題、ダジャレなど、子供たちの話はとどまるところを知りません。同じトピックが何度も出てくることもあります。そうした子供たちのエネルギーにどう応えるべきか、私なりに考えました。
そこで思いついたのが「子供たちとの会話も私の立派な通訳訓練の場」ということでした。子供たちのセリフを頭の中で同時通訳するまでには至っていませんが、こちらからの反応を示す際、「聞いた言葉を別の日本語で言い換えてみる」ことを心がけています。たとえば「今日サッカーでね、シュートが決まったんだよ」と言ってきたら、「そっかー、キックしてゴールが入って得点に結びついたんだね」という具合で返答します。
これが実に頭を使う作業なのです。子供にもわかりやすい言い換え表現を考えるのは、なかなか努力を要するものです。これを意識するようになったことで、以前よりも子供たちの話題を興味深く聞けるようになりました。
あわただしい毎日ではありますが、日常生活も立派な訓練の場。何事も自分の仕事に結びつくのだなあと改めて思っています。
【今週の一冊】
「ハイチ 復興への祈り」須藤昭子著、岩波ブックレット、2010年
著者の須藤氏は80歳のシスター。医師免許も持ち、1970年代からハイチにて援助活動を行っている。当初は結核を治療するという志を抱いてハイチに渡った。その後、いかにして地元の人々が自らの力で国を作り、自立できるかを実際に目撃しながら暮らしてきている。
本書はわずか63ページ、500円という小冊子ではあるが、実に多くのことを考えさせてくれる一冊であった。私は日ごろ放送通訳の仕事でハイチに関するニュースを訳しているが、やはりこうして現地で見た様子を文字で読んでみると、非常にインパクトは大きい。ハイチは今年1月に地震に見舞われ、ここ数週間はコレラが蔓延するなど、状況は深刻だ。しかも人々の不満が募り、援助職員も攻撃の対象となってしまっている。
フランスの植民地として「カリブ海の真珠」とまで呼ばれていたハイチが、なぜ現状のようになってしまったのか。その詳しい内容についてはぜひ本書を手に取っていただけたらと思う。
私がさらに感銘を受けたのは、80歳になってもなお使命感を持って生きるシスターの言葉である。
「自分ではそんな必死に打ち込んでいるつもりはなくて、そのときどきに必要だと思うことをひとつひとつやっているだけ」
「できごとというのは決して無意味には起こらない」
「ハイチの人たちがすばらしいのは、ほかの人の喜びを素直に自分の喜びにできるということ」
「大切なのは教育です。ひとつの国をつくることは、ひとりひとりの人間を育てること」
「ハイチの人たちは希望を失ってはいない。希望がないからこそ、希望を持つしかないんです」
「不況」や「格差」など、新聞を広げれば不安な文言ばかりが目に飛び込んでくる今の日本。はたして私たちの現状が本当に命を脅かされるぐらいひっ迫しているのか。そんなことを考えさせられた一冊であった。
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