第85回 効率ばかりではない~京都で学んだこと
夏休み最後の数日間。我が家は京都へ旅行に出かけました。子どもたちにとっては初の京都。夫と私は数年ぶりです。今回はインターネットで見つけた宿に泊まることにしました。ホームページによると、京都ならではの町家を改造し、昨年秋にオープンしたとのこと。以前、ある海外の研究者が京町家を専門としており、お話を伺ったことがあります。個人的にも興味があったので、泊まることにしました。
最寄駅に到着し、昔ながらのアーケード商店街の途中にその宿はありました。中へ入ると土間や畳の間などそのまま残されています。一方、水回りやエアコンなどはすべて改装・完備され、残暑の厳しい外から来た私たちにとっては実に快適でした。1階のチェックインカウンター脇には共用スペースがあり、宿泊者同士がくつろげる場所となっています。シャワー、トイレは共同、ミニキッチンもあるゲストハウス。素泊まりなのでリーズナブルな料金です。
梯子段のような急階段を上ると、そこが私たち一家のお部屋でした。物干し用のベランダもあり、反対側の町家も見えます。屋根伝いに向こう側へ行けるような、そんな光景がありました。中のインテリアも和風に統一されて、実に落ち着きます。若きオーナーによると、建物や柱、壁など、もとの住居の良さはそのまま残されているとのこと。築100年以上たってもしっかりとした造りです。近くには地元の人々に愛されている銭湯もあり、そちらも利用することができました。
今回の滞在で感銘を受けたのは、こうしたハード面だけではありません。オーナーご夫妻の、それはそれは素晴らしいお心遣いが何よりも嬉しく感じられました。たとえばお二人の言葉遣い、お辞儀や礼儀作法などどれをとっても日本の美そのものが醸し出されていたのです。滞在中、私たちが出かける際には玄関の外までお見送りくださいましたし、チェックアウト時には私たち一家の姿が見えなくなるまで、手を振り続けてくださいました。「そう、そうなのよね。私たちが子どものころはお客様がお帰りの際は、こうしてお見送りするという習慣が日本ならどこでもあったのよね」と夫と話し合ったほどです。こうしたハード、ソフト面から言えるのは、このオーナーご夫妻が「日本の良さを一人でも多くの人に伝えたい」という使命感をお持ちだという点です。それが日本のみならず、世界中からこの宿にお客様が宿泊していることに表れていると思います。
こうして地道ながらも、その世界で頑張っていらっしゃる方を応援したいと私は強く思います。では私にできることは何か考えてみたところ、次の3点が思い浮かびました。
一つ目は「同じく泊まり合わせた他の宿泊客と交流する」です。今回は外国からのお客様の割合がとても高く、国際的な雰囲気でした。我が家の子どもたちも、少々緊張しつつも挨拶を英語でしてみたり、私たち夫婦も日本の事や世間話など、たわいのない話をしたりして和やかな時を過ごしました。非英語圏からの宿泊客でしたので、お互い第二外国語である英語で交流。流暢さよりも伝えたいことを話す、まさにコミュニケーションの原点に回帰できました。私たちとしては、日本の良さを知ってほしいという思いが強くありましたので、出来る限り日本の良い面や文化などをお伝えしようと思いました。
2点目は、「自分自身がこの宿のファンになり、応援する」ということです。具体的には次回京都を訪ねた際もこの宿に泊まることができるでしょう。今回の旅行では金閣寺、清水寺、銀閣寺、知恩院を見学しましたので、まだまだたくさんある京都の名所旧跡を訪ねたいと思います。その拠点としてこの宿を利用することで、微力ながらも応援できると考えています。
最後のポイントは、「ファンを増やすお手伝いをする」という点です。今回の旅から帰ってきた私は、自分のフェイスブックに宿のホームページへのリンクを貼ってみました。今回の「ひよこたちへ」にこの宿を取り上げるのもその一環です。今すぐ誰かが予約をして宿泊するということにたとえ結びつかなかったとしても、この宿の良さを、そしてオーナーご夫妻の宿に込めた思いを理解してほしいという気持ちがあります。
そして何よりも今回の旅で気づいた大切なこと。それは欧米的な効率主義一辺倒の生活「だけ」がベストなのではない、という点です。私自身はどちらかと言えば「目標設定・せっかちタイプ」ですが、今回の滞在で日本的な穏やかさや静けさ、そしておもてなしの心に大きな感銘を受けました。今の世の中、自分の目標を定め、逆算して計画を立てて実行していくという考えが普及しています。けれども、じっくりと時間をかけてじわりじわりと進めることも大いに意義のあることだと思うのです。その大切さに気付かされた今回の滞在でした。
本コラムでご紹介した宿にご興味のある方は、「宿はる家」で検索してみてくださいね。
(2012年9月3日)
京都旅行で利用するのは新幹線だったので、乗車直前に東京駅の書店で買い求めたのがこの一冊。以前、NHKラジオ第一放送の朝の番組で、著者である遠藤氏が新幹線の清掃についてレポートなさっていたことがある。それを思い出し、入手した。
本書の副題は「『世界一の現場力』はどう生まれたか?」である。早稲田大学で教鞭をとる遠藤教授は、これまで日本のサービス業やメーカーなど、「現場」を取材し、発信し続けている。通訳の仕事もいわば「裏方」であるが、新幹線の清掃もやはりそうであろう。裏方ではあるが、いてくれなければ困る、そんな存在なのである。
東京駅の新幹線ホームで、少し身をかがめながら掃除の作業を眺めてみた。窓の向こうの車内でキビキビと動く清掃員の方たち。わずか数分で座席やトイレなど、車内全体をピカピカに磨き上げるのである。その詳細は本書に記されているので、ぜひそちらをお読みいただけたらと思う。
近年書店に並ぶ書籍を見てみると、「いかにして成功するか」「夢を実現するか」という類の本が目立つ。自らが成功を収めることで社会に貢献できるのであれば、それももちろん大切だ。けれどもたとえ名前が出なくとも、世の中のために働く人は大勢いる。いや、そういう人の方が大多数なのだと思う。地道に頑張っている人を応援する遠藤教授のように、私も私ならではの形で、そうした方々にエールを送り続けたいと考えている。
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