INTERPRETATION

第84回 学びの基準

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先週23日は「処暑」。暑さのピークが過ぎて秋を迎える時期を指します。今月も残すところあとわずか。ちなみに学習雑誌の世界では、4月号と9月号の発行部数がかなり増えるそうです。これは季節の変わり目に心機一転して勉強しようと思う人が出てくるからなのですね。このコラムをお読みのみなさんも「何か勉強しようかな」と思っていらっしゃるかもしれません。そこで今回は、「学習の秋」をテーマに、学校選びなどについてお話ししましょう。

まず、私がスクールを決める際に重視するのは、「雰囲気を知る」ということです。いきなり「半年間の講座」にお金を払うのではなく、体験レッスンに出たり、無料のレベルチェックテストを受けたりすることで、全体の様子を把握するように努めます。真剣に学びたいと思うのならば、自分で下調べをして、状況をつかむ必要があるからです。ネットでの評判ももちろん参考にはなるでしょう。けれども大事なのは「自分にとっての相性」です。学校のスタッフの雰囲気はどうか、先生はどのような指導法をするかなど、自分なりの基準を持ったうえで選ぶ必要があります。

次に考えるべき点は、「実際に通えるか」です。「職場から近い方が仕事の後に行ける」という人もいれば、「休日にじっくり学びたいので、家のそばの方が良い」という方もいるでしょう。通うのが大変になってしまうと、それだけで挫折する可能性が高くなってしまいます。また、授業日数(期間)もポイントです。半年間あるいは1年間、本当に自分はその授業のために時間をさけるのか、予習復習をした上で臨めるのかなどを考慮したうえで、受講の長さを考える必要があります。ちなみに私の場合、仕事がフリーランスで不規則なのと、子どもたちが小学生でまだ手がかかるという理由から、何か習い事をするにしても定期的に通学するのはまだ先になりそうです。むしろ「単発で半日ぐらいの講座」が選ぶ基準になります。探してみるとそのようなレッスンも最近は増えてきており、ありがたい限りです。

もう一つのポイントは、「使用教材を見る」ことです。どんなに学校の雰囲気が良くても、あるいは通学条件が合っていても、教材が自分のニーズと合致しなければ学習は長続きしません。私は通訳デビューする前、ある学校に通っていたのですが、1学期間ひたすら医学の教材ばかりで、大いに苦戦したことがありました。個人的には幅広い分野の基礎力を付けたいと思っていたので、難解な医学用語を半年間やるには多大な努力を要したのです。もちろん、今となってはそれを学んで良かったとは思います。なぜならば、その頃の私はとにかく早く通訳者デビューしたかったからです。ですので、どのような分野でも絶対についていきたいと思っていました。ただ、限られた時間やお金を投じて学ぶということを考えると、教材についてしっかり調べることも肝心かと思います。

さて、学びのもう一つの形態、「宿泊研修」についても触れておきましょう。定期的に通学できない場合は、短期集中型の泊りがけセミナーがお勧めです。1泊2日、あるいは2泊3日など、自分の日程がやりくりできるならば、そうした研修も大いに有意義です。同じ志を持つ仲間と寝食を共にし、ひたすら学ぶことはお互いに励みになりますし、少ない時間でたくさんのことを習得できます。

宿泊研修を選ぶポイントですが、できれば主催団体の単発講座などを受けてからの方が良いと個人的には感じます。しっかりとした講座運営をしているか、自分のニーズに合ったものを提供してくれるかなどを吟味したうえで宿泊型のセミナーに参加する方が無難です。指導者はしっかりと講義をしてくれるか、スタッフの対応はどうかなどがその評価ポイントとなります。

また、宿泊の場合、プログラムもチェックしましょう。きちんとした研修であれば、内容もかなり具体的になっています。一方、2泊3日の研修なのに、日程表を見ても「演習1」「演習2」としか書いておらず、一体何をやるのかわからないような研修は要注意です。「当日の受講生に合わせて臨機応変に」というと聞こえが良いのかもしれません。しかし、主催者側がポリシーを持たずにざっくりとしたプログラムしか考えていない場合、内容が薄くなってしまう可能性もあります。

今の時代では少ないとは思いますが、相部屋か一人部屋かの確認もしておきましょう。「個室のつもりで参加したら相部屋だった」といきなり当日判明した場合、かなりテンションが下がるからです。「施設が喫煙可で、たばこが苦手な私は辛かった」という声を私自身、聞いたことがあります。

以上、今回は学校や宿泊研修の選び方を中心にお話ししました。ただし、どんなに下調べをして、万事OKという状態で参加してみても、いざふたを開けたら予想と違っていた、ということは大いに起こりうることです。そのような時、自分はどうするのか、潔くなることも大切です。「せっかくお金を払ったのだから、何としても最後までついていく」という考えもありですし、「これなら自分で独学した方がいい。だからもうやめる」でも良いと思うのです。私自身、大きな声では言えませんが、学生時代に通っていた通訳学校をそのような理由でフェードアウトしたことがあります。

みなさんの時間はみなさんのものです。自分で自分の時間をどう使うか。その結論を自分なりに出すのも、自立した学習者には求められることなのでしょうね。

(2012年8月27日)

【今週の一冊】

“Talking Back to Facebook: The Common Sense Guide to Raising Kids in the Digital Age” James P. Steyer, Scribner, 2012

今回は久々に洋書のご紹介。以前、CNNの放送通訳で著者のSteyer氏がインタビューに応じていた。子どもとデジタルの関係について、実に簡潔に答えており、とても参考になった。私自身、二人の学童期の子どもを育てる親として、これからの時代にどのようにしてネットや携帯電話などと関わらせるかは大きな課題だ。そこでこの本を入手した次第である。

本書は年齢別に対応法が書かれており、生後から15歳までの子どもがその対象となっている。興味深かったのは、アメリカの場合、9歳の時点で自室にテレビを持つ子どもが過半数以上であるという点。最近の日本ではダイニングで勉強させたり、「子どもが伸びる家」をコンセプトにした戸建も売られたりしている。やはりアメリカのように家が大きく、子どもと大人は別であるという概念があると、テレビの保有率も異なってくるのかなと思う。

ちなみに、ITで先端を行くアメリカではあるが、著者は携帯電話の所有について「高校時代になるまで子どもに携帯は不要」と力説する。携帯で見られるコンテンツ(ゲームやオンラインへのアクセスなど)は親の監督範囲外になってしまうが故、いくら親の方で閲覧規制をかけてもその目をすり抜けてしまうことがあるからだと説く。

本書の前半ではネットと脳や依存症などについてかなりのページを割いている。子どもの有無に限らず、大人もこうした説明を読むことで、自分自身がネットとどう関わるべきか考えさせられる内容になっている。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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