INTERPRETATION

第81回 電話でのマナー

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

ここ数年、メールの普及により電話の利用がめっきり減りました。エージェントからの仕事依頼もほとんどがメールです。私は原稿執筆の仕事もしているのですが、編集者と一度も会わず話さずのまま、記事が雑誌に掲載されることも増えています。いつでもどこでも時間を気にせず連絡し合えるのがメールの良いところですよね。もっとも最近は携帯メールが増えた分、送る時間帯を気にするようにもなりましたが・・・。携帯電話を目覚まし代わりにして枕元に置く人が増えたからです。

さて、今回は電話マナーに関する話題です。電話の使用が減ったからこそ、ルールを意識して使いたいと思います。お互いが気持ちよく電話を利用できるよう、以下の点を私は心がけています。

1.まず名乗る
プライバシーや防犯の問題もあるかと思いますが、基本的に私は固定電話も携帯電話も、呼び出し音が鳴って出たら名乗るようにしています。これはかけてきた方が安心できるようにするためです。私自身どこかへ電話をした際、「もしも~し!!」や「ハイ!」と相手にいきなり出られるよりも、きちんとかけたかどうかが分かるので助かるからです。

2.「今、よろしいですか?」と尋ねる
かけた相手は何かお取込み中かもしれません。食事の準備中、出かける直前、小さいお子さんがいる家であればおむつを取り替えている等々、相手が何かをしているところに電話は突然ちん入してくるからです。少し長引きそうな用件で電話をした際には、「今、よろしいですか?」と尋ねると電話を受けた相手も助かります。

3.あらかじめ伝えることをメモしてから電話をかける
ビジネスにしてもプライベートにしても、何か用件があって電話をするのであれば、伝えたいことをメモしてから電話をかけるようにします。特にビジネスの場合は重要なことを話し合うわけですので、取りこぼしのないようポイントを箇条書きにした上で電話をすればミスも防げます。

4.電話で話しながらメモを取り、必要であれば確認メールを送る
たとえば仕事の場合、電話のやりとり中に気付いたことなど、どんどんメモしていきます。そして必要があれば、話し合った内容をメールに残し、先方へ送ります。そうすることで相手との間で共通認識が保てます。

5.メモには必ず「年・月・日」を入れる
これは電話メモに限らず、すべてのメモやノートなどにおいて私が心がけていることです。特に忘れがちなのが「年」の記入。単に「8月6日」と書くのではなく、「2012年8月6日」と年まで記します。これはのちに見直した際、いつの事かすぐに分かるからです。私はこのことをある科学者の書籍から学びました。科学の世界は日進月歩。だからこそ、きちんと「年」を記すことが大事なのだそうです。

6.相手の名前を尋ねておく
何か問い合わせをした際、電話を切る前に私は必ず担当者のお名前を伺い、メモするようにしています。ただし尋ね方は要注意。かつて私が会社員だったころは「失礼ですが?」と会話の終わりに尋ねられ、とても唐突に思えたものでした。また、「お名前を頂戴できますか?」は日本語として厳密には正しくありません。なぜなら「頂戴する」は「物」に対して使う言葉だからです。正しくは「お名前をお伺いしてよろしいですか?」です。

7.相手が受話器を置いてからこちらも切る
電話を切る際、携帯電話ですとつい「OFF」ボタンをすぐに押したり、パタンと閉じたりしてしまいがちです。けれども正式にはこちらからかけた場合、相手が受話器を置くのを確認してからこちらも電話を切ります。また、こちらが電話を受けた際には固定電話であればそっと受話器を戻すようにすると良いでしょう。

8.呼び出し音が一回鳴ってから受話器を取る
「電話をかけたら呼び出し音が一度も鳴らず、いきなり相手が出てびっくりした」ということはありませんか?私は結構あります。おそらく電話機が机の目の前にあり、呼び出し音「プルルル」の「プ」が鳴るか鳴らないかのうちに先方はとったのでしょう。延々と出ないよりはすぐに出てくれた方がもちろん助かります。けれども電話をかけた方は「相手が出たらまずはこの話題から尋ねよう」という具合に、話す順序や呼吸を整えたりしているものなのです。ですので、自分が電話を出る際には呼び出し音が一回鳴ってから受話器を取るようにしています。

いかがでしたか?メールが普及しても電話がなくなるわけではありません。だからこそ、ルールを意識しながら使っていきたいと私は思っています。

(2012年8月6日)

【今週の一冊】

「新幹線を運転する」 早田森、メディアファクトリー、2011年

幼いころ住んでいた横浜の家には、近くを新幹線が通っていた。当時はまだ団子鼻の0系。トンネルからびゅーんと出てくる姿に魅了され、山の上から飽きずに見ていたことを覚えている。

かつて仕事で暮らしていたイギリスにも高速鉄道はあった。けれども日ごろから電車の遅延、運休、目的地の突如変更など頻繁にあったため、あまり良い印象がイギリスの鉄道に対してはない。日本のようなラッシュがなく、座席が余裕のあるものだったことはとてもその分懐かしいが。

放送通訳の仕事でイギリスに住んでいたのはわずか4年だった。しかし帰国して驚いたのは電車が定時に動いていること。車掌さんも運転手さんも白手袋をはめ、指さし確認をピシッと行い、ホームの印ピッタリに電車が止まることであった。日本に暮らしていれば当たり前のことだが、浦島状態だった私はそれだけで大感激したのである。さらに車内アナウンス。新幹線はちゃんと車掌さんが名乗り、検札の際には入り口でお辞儀をする。その礼儀正しさ、正確さは日本の貴重な産業なのではないかと今でも思う。

今回ご紹介する本は、新幹線の運転士を取り上げた本。現役運転士の一日を追い、また、どのような経緯で新幹線の運転士になったのかも綴られている。取材を受けた木内辰也主任運転士は次のように述べている。

「目で見て、条件反射でパッと行動しなくてはいけない。目で見て、一瞬でも考えたら必ず失敗します。考える一瞬の『間』が命取りになるんですね。曖昧な意思表示は絶対にしてはいけない。常に○か×の世界で、そのあいだはない。それが鉄道マンの世界であり、それが鉄道の厳しさ。」

これは同時通訳者にも通じるところがある。日ごろから幅広い知識を吸収し、英語力・日本語力を高め、同時通訳現場では条件反射でパッと訳語が出なければならないからだ。私の場合、考えすぎて苦し紛れに出した訳語があだとなり、あとで冷や汗をかくことは今でも頻繁にある。そんな「命取り」を避ける上でも、まだまだ勉強をせねばと痛感している。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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