第79回 指導内容を愛する者から学ぶ
私は日ごろ放送通訳業と英語指導に携わっています。教える仕事というのは奥が深く、工夫を要します。カリキュラム通りに進めつつ、英語だけでなく幅広い分野に好奇心を抱いてもらいたい。そのような願いを抱きながら教壇に立っています。
最近私自身、「教わる側」に立つことも増えてきました。教えているだけではどうしても放電状態になってしまいます。ですのでできるだけ自分が指導を受けることで知識を増やし、指導者の教え方の良いところは取り入れて自分の授業にも実践したいと思っているのです。スポーツクラブでレッスンを受けるのも私にとっては「学び」です。一方、セミナーやワークショップに参加し、その分野の専門家から学術的な知識を教わるのも「学び」です。そのような中、私にとっての「理想の指導者」が次第に出来上がってきました。具体的には以下の5点を満たす講師です。
1.姿勢が良いこと
入室の瞬間、さっそうと正しい姿勢で歩く講師の姿を見ると、「あ、この先生は伝えたいことがたくさんあるのだな」ということがわかります。もちろん、これが絶対条件ではありません。けれども自分の指導内容に自信を持ち、伝えたいという気持ちは姿勢や態度に表れると思うのです。「自分の話す内容を皆に聴いてもらいたい」と思う講師ほど、会場に一歩足を踏み込んだ瞬間から指導は始まっているととらえています。
2.表情がにこやかであること
講師も人間ですので、授業やプレゼンテーションの前は内心緊張しているはずです。けれども自分の指導内容を何としても伝えたいという思いは表情に表れます。にこやかに会場全体を見渡しながら話を進めることは大切なコミュニケーション方法なのです。
3.声にメリハリがあり、話し方がハキハキしていること
これも上記2点同様、「相手に伝えたい」という思いに関係します。私自身、講師として教壇に立っていると、同じ内容のレッスンなのに別のクラスでは全く受講生がのってこないということがあります。こちらがいくら伝えたいと工夫をしていても、その日の参加者によって受け取り方も大いに異なります。時間帯やその日の天気、受講者の体調など理由は様々です。けれども、聴衆全体を見渡しながら臨機応変にこちらも対応することで、場の空気も変わってきます。発声に工夫をする、小話を挟んで気分転換させるなど、いきいきとしたレクチャーを心がけたいと私自身感じています。
4.指導に工夫がある
英語指導の場合、ただ単に文法や構文、単語の説明「だけ」をしていても楽しみは広がりません。講師自身がどのように勉強をしてきたか、そのノウハウを伝えたり、失敗談をしたりすることも受講生にとってはヒントになります。また、通訳クラスのように演習を必要とする授業においても、ただやみくもにシャドーイングや逐次通訳練習だけでは飽きてしまいます。シャドーイングを複数回練習するのであれば、「初回は冠詞だけは絶対に拾う」、「2度目は数字を必ずとらえる」など一回一回にテーマを与えたほうがメリハリが出てきます。指導法に関しては私自身、スポーツクラブのインストラクターやセミナーの講師などから大いにヒントを得ています。
5.自分の指導内容に愛情があること
理想の指導者として一番大事なこと。それは「自分の教える内容をこよなく愛していること」だと私は考えます。「自分が楽しいと思うことをたくさんの人に分かってもらいたい、伝えたい」という気持ちこそが、学ぶ側にモチベーションを与えるからです。以前私は仕事で民族楽器研究家のお話を聞く機会がありました。私にとっては未知の世界でしたが、先生はとにかく世界の民族楽器の良さを伝えたくてたまらないというオーラがあふれていたのです。色々と説明を聞き、新しい分野を知ることができた私は、早速CDや書籍を図書館から借りてきました。指導者が指導内容に愛情があれば、学ぶ側の自律的学習につながる。そう私は信じています。
先日、近所のプラネタリウムに出かけました。その時の解説員さんも星や天文学が大好きであることが分かりました。館内が暗かったので姿勢までは見えませんでしたが、話す一言一言が丁寧で優しいお人柄がにじみ出ていました。星座の話をきっかけに、地元救急隊の紋章や最新の映画の話題まで、実に多岐にわたりながら解説がなされていました。私は天文学にとても疎いのですが、投影を見終えたとき「そうか、星ってこれほど楽しいものだったのね」としみじみ思い、興味を抱くきっかけとなりました。
私にとって「何を学ぶか」以上に大事なのが、「どのような指導者から学ぶか」です。私自身、指導する者として、学ぶ方々のきっかけづくりにお役にたてればと思います。
ユーゴ解体、ボスニア紛争、民族浄化、コソボ独立。これらのキーワードは私自身が放送通訳の現場で携わってきたニュース・トピックである。当時BBC日本語部に勤務していた私は、1999年のNATO(北大西洋条約機構)によるコソボ空爆のニュースを連日訳していた。コソボはかつてセルビア共和国の自治州であったが、コソボに対するセルビア側の圧力が激化。NATOはコソボ側に立ち、空からの攻撃をセルビア側に行っていたのである。
こうした内容は「知識」として把握していたつもりだった。けれども実際に現地で暮らす人々がどのような様子だったかは、ニュースの限られたレポートから推測するしかなかった。一般市民が、とりわけ音楽家たちがどういった人生を歩んでいたのか。それを知ったのが本書である。
著者の栁澤氏は大学で音楽を専攻したものの、進路に漠然とした気持ちを抱きながら何となく大学院へ進学する。しかしふとしたきっかけでウィーンへ行き、小澤征爾氏の音楽を聴く。そして自分は指揮者になるべきだと思い立ったのである。その後の行動は実に速く、佐渡裕氏の弟子入りをしたり、コンクールに出たりと夢に向かって歩んでいく。
紆余曲折を経てたどり着いたのは、コソボフィル。たまたま客演で呼ばれたのを機に、主席指揮者になったのである。その後栁澤氏は、アルバニア人とセルビア人の民族融合を夢見て奔走する。「音楽に国境はない」という使命感に基づいて。
先日BSジャパンでちょうど栁澤氏のドキュメンタリーが放映されていた。本書と合わせて映像で見ることで、理解を一層深めることができた。クラシック音楽やバルカン情勢に精通していなくても、「使命感を持って生きるとはどのようなことか」を考えさせられる。ドキュメンタリーの再放送もぜひ期待したい。
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