INTERPRETATION

第441回 自学自習も工夫で

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

なるべく外出しないようにという生活を始めてから、はて、どうすれば通訳力・英語力を下げずに済ませられるか試行錯誤を続けています。

いつもであれば春というのは通訳業界の繁忙期。ところが今年はコロナウイルスが理由でキャンセルが続いています。通常であれば、仕事の依頼を受けた時点で集中して予習を始めるので、それ自体が語学力持続のポイントになっています。が、ここまで中止・延期になると、なかなか勉強の気合が入らないという事態に陥りかねないのですよね(私だけ?)。

ではどうするか?

これは工夫次第で色々と楽しく自学自習できると私は考えます。

たとえば私の場合、朝のなるべく早いうちにAFN(米軍放送)の定時ニュースのシャドーイングをしています。朝おこなうのは、「とにかく課題のようなものは朝の早いうちに行い、達成感を味わうこと」に力点を置いているからです。「ノルマをさっさとこなしておきたい」、そんな感じです。

AFNは3分ぐらいの長さで、通常ニュースに加えて経済ニュースとスポーツニュースが続きます。ものすごい早口ですので、そもそも振り切られても気にしないことにします(さもないと心が折れる・・・)。なお、シャドーイングをしながら初出単語、面白いフレーズなどはすべてノートに書き出します。シャドーイングをしながらメモも取るので、かなり神経を使いますが、これも集中力アップのための訓練です。

ちなみにノートは「プライベート用」「仕事用」の2冊に絞っています。以前はあれこれと複数のノートを作っていたのですが、時系列で書き込むことが私の場合、一番記憶に残るのですね。どんどんノートが埋まり貯まっていくのも、これまた達成感大です。

シャドーイングを無事(いや、今日も苦戦?)終えたら手元のノートに書き出した単語・フレーズを電子辞書で調べます。時間的に余裕があれば、辞書の語義すべてに目を通し、例文も音読します。時間がなければ、ニュースで使われていた語義を押さえるだけでもOK。

一方、電子辞書に出ていないものはネットで検索します。ネットの辞書にない場合は、二重引用符(”)でその表現を囲み、ワンスペースを入れてニュースに出てきた関連のキーワードを入れるとかなり絞り込めます。Googleの検索結果が出てきたら「ニュース」でさらに絞り込むと、当該のニュース記事が出てくる確率も高くなります。

たとえば4月6日月曜日のAFNにはpharmaceutical trailersという語が出てきました。

「薬用トレーラー?」・・・うーん、何だかしっくりきません。分かるような分からないような。

このような時こそ、ネットの出番です。最初はpharmaceutical trailers 自体を入力したのですが、今一つナットクできるような説明にありつけず。そこで「確かニュースの中ではAnn Arborという地名が出てきたっけ」とかすかな記憶を頼りにこの関連ワードも入力。グーグル画面で”pharmaceutical trailer” Ann Arborと入れると、CNNのニュースがヒットしました。

その記事をじっくり読んでみると、「米軍」ではなく正確にはDepartment of Veterans Affairs(VA・退役軍人省)の話題でした。VAが民間病院の負担を軽減するため、VAが所有しているトレーラーを提供する、という内容です。

気になったので、さらに調べてみたところ、退役軍人省はこうしたpharmaceutical trailerを保有しており、非常時に稼働させているのだそうです。画像付きの詳しい説明文も見つかりました:
https://www.pbm.va.gov/PBM/VAEmergencyPharmacyServices/VA_Emergency_Pharmacy_Services.asp

せっかくですので、上記サイトをじっくり読んでみると、様々な機能が搭載されていることがわかります。さらにアメリカの場合、「米軍の退役軍人」はあえてVeteranと大文字に表記しているようです(これも新たな発見!)。

写真で見ると、とてつもなく大きなトレーラーです。何事もビッグなアメリカならではのサイズであり、とても日本の公道では走れそうにない印象ですが、何はともあれ、文字だけでなく、こうして写真付きで未知の分野を知ることができると本当に嬉しくなります。

外出自粛がたとえ続いたとしても、こうして自ら調べて「へえ~~、面白い~!」と思えることは、心を勇気づけてくれる。そのように私は感じています。

(2020年4月28日)

【今週の一冊】

「伝統を今のかたちに(都市の記憶を失う前に)」後藤治・オフィスビルディング研究所「歴史的建造物活用保存制度研究会著、白揚社新書、2017年

昔の建物が好きで、今でも街中を歩く際には探すようにしています。中でも惹かれるのが、歴史的建造物であるにもかかわらず、現在も現役として住居やオフィスビルなどとして使われている建物です。ヨーロッパは石造りという特徴からそれが可能なのですが、日本の場合、木造家屋であったり耐震構造の問題があったりするため、必ずしも現役続行というわけにはいかないようです。そういう意味では京都や川越など、実によく街並みが保存されていると感じます。

今回ご紹介するのは、建物や街づくりに関する一冊です。地域再生を果たすためには何が必要かといったことが書かれています。大事なのは人々の意識や法律的なことなど、多岐にわたるのですね。中でも興味深かったのは、「ゆるキャラより歴史・文化のほうが長持ちする」(p52)という一文。ゆるキャラを生み出したとて、関連グッズの消費は都市部でなされてしまい、街自体の活性化にはつながりません。B級グルメも同様で、「食」というのはよほどおいしくて個性的でなければ集客に至らない、という指摘には考えさせられました。

もう一つ。本書では「ファサード建築」への批判があります。ファサード建築とは、昔の建物の外壁だけを残し、その後ろに高層ビルを建てるという方法です。歩行者からすればレトロ壁を楽しめるのですが、本書によればファサード建築は「一種の『剥製』」であり、「当初の建物の設計者がこれを見たらなんと思うのだろうか」(p199)と問題提起がなされています。

また、「中国をフェイク大国と笑えるほど日本人は本物志向か?」(p205)という鋭い指摘も。その一例として、公共施設内に造られた昔風の日本の街並みを挙げています。時代考証がなされ、しっかりと造られたものであればまだしも、「レベルの低い偽装は、ブランドの価値を消費しているだけで、やがてはブランド自体の信頼性も失墜させてしまう」(p206)とありました。アミューズメントパーク内にあるようなものにしてはいけない、という主張に私も納得です。

イギリスのナショナル・トラストやBlue Plaqueについても詳しく出ています。建築について考えてみたい方にお勧めしたい一冊です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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