第71回 若手通訳者をデビューさせるにあたって
私は仕事柄、「誰か良い通訳者がいたら紹介してください」とクライアントさんや知人から言われることがあります。私自身、優秀な若手通訳者にはどんどん現場に出てほしいと思います。ただ、どのような基準で通訳者を紹介するかはなかなか難しいものです。そこで今回は若手通訳者をどのようにデビューさせるか、その紹介について5つのポイントをお話いたします。
1.本人の通訳パフォーマンスを見たことがある
大事なのは私自身がその通訳者のパフォーマンスを知っているという点です。通訳学校の教え子や別の仕事でご一緒した若手通訳者であれば、本人の実力もこちらで把握できていますので、紹介しやすくなります。通訳者として英語力・通訳力・知識力はもちろんのこと、人間性や社会人として通用するかなども踏まえた上で紹介することが大切です。
2.社会経験がある
通訳現場に出ると、敬語の使い方、挨拶の仕方、名刺の交換など、常識的に行動をとる必要があります。このため、どんなに熱意がある学生や通訳学校の受講生であっても、社会経験がない人を即戦力として紹介することは原則として私はやりません。私の恩師は私の知人を学生時代に通訳デビューさせましたが、まずは恩師のかばん持ちからスタートさせ、通訳現場に何度も同行させていました。そして恩師とペアを組んで少しずつ通訳業務にあたらせていたのです。同時通訳の現場で知人が訳語に詰まった際、恩師がすぐに交代しており、本人の訳出についてはあくまでも恩師が責任を担う時期がしばらく続きました。
3.熱意だけで現場に出るにはリスクが大きい
通訳学校の受講生が非常に優秀なパフォーマンスを発揮し、本人にも熱意があるとしましょう。上記の「2」で述べたように、私が一緒にペアを組んで通訳できればそうした優秀な新人通訳者もデビューさせたいと思います。けれども、ただ単に「熱意がある」「勉強は一生懸命している」というだけで業務にあたれるほど、通訳現場は生易しいものではないのです。そうした通訳者をたった一人で現場に投入させていざ何かが起きた際、本人だけで対応することは難しいからです。たとえば、とても勉強熱心な医大生がいたとします。まだ卒業しておらず、医師国家試験にも合格していません。優秀で熱意があるというだけで、手術をその医大生一人に任せてしまって良いのでしょうか?情熱だけで現場にたった一人で放り出すことは、この医大生の例と同じぐらいリスクが大きいと私は思っています。
4.紹介者も自分の立場をわきまえる
通訳者を私が個人的に紹介するということは、大きな責任を伴います。依頼主のニーズに合っているか、本当にきちんと仕事を任せられるかなど、私の判断を相手は期待しているからです。ですので私自身、デビューしてから10年間はあえて後輩を紹介することはしませんでした。自分がまだまだ通訳者として向上の余地があるのに、早々に後輩を紹介するのは無責任だと思ったからです。今でも「本当に私が紹介してよいのか?」とあえて客観的に自省するよう努めています。
5.そっと見守る
紹介した通訳者がその後どのように成長するかも気になるところです。特に教え子の場合、しっかりと勉強を続けているか、向上心を抱いているかなど、静かに見守りたいと思います。特に昨今気になるのはクライアントへの守秘義務です。たとえば「業務に関わることをSNSなどに書いているらしい」などと風の便りに聞くと、つい冷や冷やしてしまいます。教え子であれば、ある程度まで来たら私の方から「親離れ」する必要もあるのでしょう。でも、いつまでたっても気になってしまうのが、老婆心ながらも教師なのかもしれません。
以上、5つの観点から後進のデビューについてお話しました。優秀な若手通訳者がスムーズにデビューできるようにすることは、現役通訳者である私たちの役目だと思います。クライアントが喜んでいただけるよう、責任を十分認識したうえで私自身、人の紹介にあたりたいと思っています。
通訳者デビューしてしばらくしたころ、私はある仕事で英国大使館の方とご一緒した。それがきっかけで大使館の通訳者として登録し、以後数年間、お仕事を頂いた。防衛、ファッション、ジュエリー、学術交流など幅広い通訳業務に携わるチャンスを頂き、通訳者として勉強する機会に恵まれた。私の通訳者人生があるのも、大好きなイギリス関連のお仕事に携われた大使館のおかげだと感謝している。
そんな気持ちを抱いていたこともあり、書店で偶然見つけた本書に懐かしい思いが込み上げてきた。表紙に写るのは大使館のヘッドガーデナーを25年間務めた著者の濱野氏。背後には大使公邸と美しいローズガーデンが掲載されている。かつて私が仕事で何度か訪ねたことのある光景だ。
濱野さんは英国滞在経験がないものの、偶然新聞で見つけた三行広告がきっかけで大使館に勤務することとなる。花や草木をこよなく愛し、どうすれば皆が喜ぶ庭を作れるかに尽力する姿が本書には綴られている。時に方針を巡ってスタッフと対立することもあったが、根底には鑑賞する人に喜んでもらいたいという思いがある。どうすれば人のお役にたてるか。これはガーデナーであれ、通訳者であれ、共通する。
印象的だった箇所を3つご紹介したい。
「庭は一日手入れを怠ると、それを取り戻すのに3倍の手間と時間がかかる」
「常に庭全体を見ること」
「人に喜んでもらうためには、自分の感性を押しつけるだけではいけません。人が求めているもの、もちろん、そればかりを聞いていてはダメかもしれませんが、その人の願いをうまく取り入れてかなえることこそ、いちばんの幸せなのではないか」
通訳者も「勉強を怠ってはいけない」「全体像をとらえる」「人の役に立つ」ということが言えると思う。
濱野さんはフラワーポットのアレンジのポイントとして「色をたくさん使わない。シンプルにまとめる」と述べていた。私は英語学習も同じだと考える。あれこれ教材に手を広げず、テキストと辞書を用意したら、それを信じて続けること。これが結局は地道な努力の継続として大事なのではないかと私は思っている。
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