第411回 メドと気配
通訳者デビューして間もないころ、苦労したことの一つに「話者との呼吸」がありました。話者の方が話し終えるタイミングと、こちらの訳し始めがうまくかみ合わなかったのです。私の訳し始めタイミングが悪かったためでした。
一方、通訳者を使い慣れていないお客様もいらっしゃいました。たとえば日英の通訳で「本日の会議では」と述べるや通訳者の方を振り向くのです。もう少しまとまった文章でないと、英訳しづらいのですね。
このようなことから、話者と通訳者がそれぞれ「気配」や「メド」をノン・バーバルに示すことができると、通訳もスムーズにいくと私は感じています。
「メド」と言えば、最近興味深い経験を3度ほどしました。
一つ目は旅行先の宮崎市でのこと。夕食に入ったレストランでした。
注文を一通り終えると、スタッフの方が「ご注文は以上ですね?承知いたしました。あいにく本日は大変込み合っておりまして、お出しするのにお時間がかかってしまうのですが・・・。申し訳ございません」と伝えてきたのです。確かに最初のお料理が出るまで20分ほどかかりました。ただ、あらかじめ「混雑している」と聞いていましたので、さほど気になりませんでした。
ちなみに待ち時間とイライラの関係について以前読んだ際、「ファストフードなら3分、ファミリーレストランなら10分が限界」とありました。エレベーターの待ち時間は1分、歩行者の青信号待ちも1分がMAXだとか。もちろん人によりけりだとは思うのですが、世の中全体がせっかちになってきたのでしょうね。そうした中、宮崎の飲食店では事前に言われていたので、イライラ感は生じませんでした。
一方、とあるお店に問い合わせの電話をかけたときのこと。「では担当部署に問い合わせてみます。少々お待ちください」と言われました。そして流れた保留音はパッヘルベル「カノン」の電子音。サビの部分が「ピーパラ、ピーパラ・・・」と聞こえてきました。
ところが!ずっと流れるだけで、一向に先方は受話器を上げてくれないのです。「うーん、でもせっかくかけたことだし、もしかしたらあと数秒で出てくれるかも」と思って待つこと合計10分!!根負けして私の方から切ってしまいました。
そして数分後、再度先方へ電話。「あのー、先程10分ほどお待ちしたんですが、どなたもお出にならなかったので・・・」と伝えると、「あっ!申し訳ございません。転送したままとなっておりました。大変失礼いたしました」と謝られました。どうやらその方は転送ボタンを押すや安心してしまったようです。転送先の部署では担当者が不在だったのでしょう。
最後にもう一つ。車の修理見積もりを店頭でお願いしたときのこと。塗装や内装など、いくつかこちらの希望項目を伝えたところ、「では見積もりを出しますので、少々お待ちください」と言われました。幸い待合室があったのでそちらで待機していたのですが、「少々」と言われたものの、30分以上たっても展開なし。「ひょっとして私のこと、忘れられてる?」と不安になり、受付の方に伺ったところ、どうやらまだ時間がかかるようでした。このようなときは「複数項目のお見積りですので、少々お時間がかかります」あるいは「〇〇分ほどお時間頂戴できますか?」とあらかじめ言われるとこちらも安心します。
ちなみに過日読んだマナー関連記事には、「待ち合わせ時間に遅れる場合、少し多めに時間を言っておいた方が良い」とありました。たとえば10時に待ち合わせをしていて遅れてしまいそうな場合、最終的に10時10分に着くことになったとしても、「10時15分ぐらいになりそうです」と言うのと、「10時5分には到着しそうです」とでは大きく印象は異なるのです。
「メド」というのは相手の心理に安寧をもたらす上でも大事ですよね。通訳をする際にも「そろそろ訳し終えます」という気配を醸し出した方が、お客様も「メド」を感じとって下さると思います。
(2019年9月10日)
【今週の一冊】
「プロトコールと四季の愉しみ方」松井聡子著、学研プラス、2019年
放送通訳の仕事をしているためか、ついついニュース関連の本に手が伸びます。時事問題の解説書や政治関連の一冊という具合です。もともと報道が好きなので、それはそれで私にとっては楽しい作業です。けれども、その一方でリラックスしたくなるときもあります。
そのようなとき、私は写真集や絵本などを眺めます。パラパラとめくるだけで写真集の場合は美しい色と光景が目の前に繰り広げられます。自宅にいながら世界の「美」をめでられるのはありがたい限りです。
今回ご紹介するのも、そんな一冊です。著者の松井聡子氏は、スイスの名門フィニッシングスクールを卒業し、現在はコンサルタントとして活躍中です。タイトルの「プロトコール」とは外交儀礼のこと。おもてなしをする際、相手の方や国を尊重する上では、プロトコールにのっとった作法があります。本書ではテーブルセッティングやおもてなしがメインテーマです。
頁をめくると、器やフラワーアレンジメント、テーブルクロスにガラスなど、美しくレイアウトされたテーブルが紹介されています。日本のこよみに基づくセッティングもあり、たとえばひな祭りや端午の節句などの装いは、和風と洋風が素晴らしいハーモニーとなっています。
改めて知ったこと。それはフランス式の場合、正式にはフォークやスプーンを下に伏せるのだそうです。あまりお目にかかったことがないだけに、新鮮でした!
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