第409回 ファンを増やす
先日のこと。テレビのチャンネルをザッピングしていたところ、通信販売の局が映し出されました。私はテレビ通販でモノを買うことはほとんどないのですが、番組自体をぼーっと見るのは楽しく、ザッピングの手を休めてはつい見入ってしまいます。販売を担当するキャスターやゲストの方とのやりとり、説明の「間」の取り方や商品をとらえるカメラアングルなど、画面を見ながら感心することしきりです。
あるとき放映していたのは、手のひらサイズの簡易通訳機。最近は電車内の広告でもよく見かけますし、その会社の商品名自体が、「通訳機」自体を表す代名詞となっています。
通訳を生業とする私にしてみれば、簡易型の通訳機というのは「ライバル」です。それどころか、技術が大いに進化すれば人間の方が淘汰されるのではとの不安もあります。子どもの頃にマンガで読んだドラえもんの「翻訳こんにゃく」のような商品が、まさか自分の生きている間に誕生するとは思ってもいませんでした。
では、機械に打ち勝つにはどうすればよいでしょうか?
機械並みの語彙力・瞬発力・通訳技術を有することも大事でしょう。ただ、機械は単語や構文をいくらでもデータベース化できるのに対して、人間の脳には限界があります。せっかく暗記したとしても、「忘却」というのが人間にはもれなくついてきます。そうなると、語学力「以外」の部分で勝負するのが吉と私は思います。
そのようなことを感じていたちょうど同時期に、「サービス」について感銘を受けた出来事に遭遇しました。とある駐車場管理会社とのやりとりでした。
私がよく使うコインパーキングは、とても便利な場所にあります。ただ、唯一のネックが「出庫時の見通しが悪いこと」でした。駐車場の看板がちょうど私の目の高さにあり、車を出そうとしても、運転席から右側がまったく見えないのです。人や自転車も多く通ります。そろりそろりと車の頭を出すものの、猛スピードで右から来る車にヒヤリとすることもありました。
そこで、その駐車場管理会社のお客様センターへ状況を説明すべくメールを送りました。
通常、HPから入力すると自動応答メールが確認のため送られてきます。ところがその会社は、私が送信したわずか数時間後に直接返信を送ってきてくださったのです。しかも担当者の方のお名前もきちんと記されています。最近は個人情報保護ゆえなのか、お客様センターなどから連絡があったとしても、「〇〇株式会社 お客様センター」とだけ記していることがあります。そうした中、その会社は個人名もきちんと出しており、好感が持てました。
さらに返信内容を読むと、「お客様にご迷惑をおかけし、お詫び申し上げます」という言葉だけでなく、私が書いた内容について、今後、どの部署がどのような形で改善策を実行していくかという具体的な内容まで記されていました。とても誠意のある応対だと思います。
この文章に私は大いに感銘を受け、今後も車で外出した際には出来る限りこのコインパーキング(チェーン系列です)を利用しようと思いました。それぐらい、一気にファンになったのでした。
簡易翻訳機が台頭する中、通訳業界が生き残る上で大切なのは、このように「ファン」を増やしていくことなのでしょうね。
仕事との向き合い方を大いに考えさせられました。
(2019年8月27日)
【今週の一冊】
「装丁・装画の仕事2019」日本図書設計家協会著、玄光社、2019年
以前は「大人買い」と言われるような入手方法を、こと本に関してはおこなっていました。かつて新宿駅南口にあった某大型書店へ出かけると、まずは最上階へ。そこからワンフロアずつ棚の間を歩いては、気になる本を片端からかごに入れて買っていたのです。仕事に必要な本、趣味の一冊など、当時はずいぶん本にお金をかけていました。
ところが、「瞬発的関心」に読む速度が追いつかず。結局、数年間本棚に放置され、突発的に断捨離をしては泣く泣く処分してきました。そこでここ最近はもっぱら図書館の本を活用しています。
図書館の本は返却期限があります。よって、読む速度もアップせざるをえません。興味が失せたら返すだけ。また借りたくなれば手続きできるのが最大の長所です。書き込みはできませんが、今は付箋紙という強力な武器があります。
ただ、唯一図書館の本で残念なのは、棚のスペースを節約するためにカバーが取り外されてしまうことです。個人的にはカバーも帯もその書籍の一部だと私は考えます。かつて地元の県立図書館評議員を務めた際、職員の方にカバーについてお尋ねしたのですが、やはりスペースの問題は深刻とのこと。これは公共図書館だけでなく、大学や義務教育の場においても同様のようです。
外されてしまうのは何とも忍びないがゆえに、私は余計、本の装丁に惹かれます。今回ご紹介する一冊は、まさに装丁や装画をプロの仕事という観点から網羅しているものです。デザイナーの方々の所属先や顔写真もあり、それぞれの代表作がオールカラーで一覧になっています。
カバーをこれまで私は芸術作品として堪能するだけでした。ところが、「長い題の装丁」「白の装丁」「顔の装丁」など、本書はカバーの新たな楽しみ方を伝えています。こうしてとらえてみると、一冊の本には実に多くの方々が携わっていることがわかります。
図書館スペースの問題は確かにあると思います。けれども著者の作品と同じぐらい、デザイナーさんたちの仕事も世に残すべきだと私は考えます。いつか図書館本のカバーたちが、そのままの形でいられる日が来ますように。
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