INTERPRETATION

第68回 知的生産活動は真剣!

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

わが家は夫婦そろって同業者なので、実によくしゃべります。いえ、別に「通訳者イコールおしゃべり」というわけではありません。二人とも通訳業と教師業をしているので、何かと共通の話題が多いのです。このため、食卓は実ににぎやか。「今日の放送通訳で○○という単語が出て来たので△△と訳したの。どう思う?」「最近の北朝鮮は気になるね」など、訳語や時事問題が話題にあがります。一方、小学生の子どもたちも話したいことがてんこ盛り。親の会話の合間を狙って飛び込んできます。夫婦がついエンドレスに話しがちなので、兄妹それぞれ我こそ先にと密かに熾烈な戦いをしている様子。ひっきりなしに話が続く我が家の食事時です。逆を言えば、誰かがおとなしい時は「体調、大丈夫?」と気遣うバロメータになっています。

さて、そのような具合でとにかく話したがりの子どもたちは、こうして私が文章を書いていても「ねーねーお母さん!」と話しかけてきます。頭の中で「次はこのことを書いて、こういう論点に発展させて結論はこう」と思い描いていても、全く関係のない話題が突然振られるのです。そうなると、先ほど脳内で進行した文章も消えてしまいます。もっとも、子どもたちがいるのにあわよくば仕事をと考える私も私なので、別に二人が悪いわけではありません。けれどもどうしても今やっておきたい仕事だと、ついついパソコンの前に座ることとなるのです。

子どもたちが生まれて以来、仕事と育児をどう続けていくかは私にとっての課題です。おそらく二人が自立するまで続くと思います。乳幼児期は親がすべてを手助けしましたが、学童期の今はずいぶん一人でできるようになりました。今後は青年期へと歩むわけですが、それはそれで心のケアも必要になるでしょう。独り立ちするまでは親が付かず離れず傍にいたいと思っています。

さて、先ほどの執筆ですが、子どもたちが在宅中に仕事をせねばならないときは、今二人が何をしているか、そっと見極めるようにしています。「あ、今は学校の宿題をやっているから、あと10分は静かにしているな」というときは、たとえ夕食準備の時間帯であっても、その10分間は私も知的活動をするようにします。執筆や授業準備、自分のフランス語独学など、たとえ10分でも貴重だからです。子どもたちが宿題を済ませて「お母さん、宿題終わったよー!」と言ってきたら、私も作業終了。台所に戻り、夕食の支度です。

朝も同じです。ちなみに今日私は午前中が在宅勤務。子どもたちは静かに登校準備をしているので、私もメイクを途中までやってこれを執筆して(・・・とここまで書いたら子どもたちの「行ってきま~す!」の声が。ここで5分中断)。たまにメイクが途中だったことを忘れて、そのまま出社してしまう日もあります。外出先で鏡を見るや、「何かのっぺらぼうな顔だなあ」と思い、初めて気づくこともあるほどです。とまあ、このような具合で細切れ時間をつなぎ合わせるのが私の日常となっています。おそらく子どもの有無にかかわらず、忙しい時は誰でも時間をやりくりするのでしょうね。

人間みな24時間は平等に与えられています。起きている間いかに幸せに、そして充実した時間を過ごせるかが幸福度を決めると私は思います。知的活動をする際も学ぶ喜びをかみしめながら行う、子どもたちとの会話も家事を楽しみつつ話の内容を味わうなど、自分なりに工夫を重ねてこれからも過ごしていきたいと思っています。

(2012年4月23日)

【今週の一冊】

「知識ゼロからの池上彰の世界経済地図入門」幻冬舎、2011年

最近新聞や書籍を読む際、必ず押さえたいと思っているのが「図解説明」の部分。たとえば新聞の場合、本文を読まなくても図だけは見ておくようにしている。棒グラフや地図など、視覚的にすぐわかるし、記憶に残りやすいからだ。

放送通訳のときもわからない内容が出てくるとグーグルであえて「画像」検索をかける。たとえばアメリカ大統領選の共和党候補者の支持率がどのように推移しているかを見るには「アメリカ大統領選 共和党候補 支持率」とワンスペースをあけながらキーワードを入力する。次にグーグルの「画像」をクリックすると、折れ線グラフや顔写真付きのチャートがヒットするのである。手早く視覚的に何かを調べるには、文章よりも図や写真が実に便利だ。

今回ご紹介するのはテレビでおなじみの元NHK・池上彰氏の著作。一つのトピックを見開き2ページで解説しており、図も豊富にある。なぜEUは誕生したのか、アフリカのソマリア沖合に出没する海賊とはどういうものかなど、内容も多岐にわたる。最初から通読するのもよし、テレビで気になるニュースが出たらそこで調べるもよし。手軽に読み進められる一冊だ。

中でも私が重宝したのが、リーマンショックやEUの財務危機に関する説明。放送通訳現場で言葉としては何度も出てきたが、十分理解しているかといえば今一つだった。本書を読んでみて、基礎の基礎から知ることができた。

通訳学校や大学で常に私が言うのは「その内容を小学1年生でも分かり易く伝えられるか」という点。自分がきちんと吸収していれば、易しく説明できる。逆に説明できないと、その知識は表面的なものということになってしまう。しっかりと物事を理解するためにも、教材や参考文献のレベルを下げることをどんどんこれからも続けていきたい。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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