第400回 感謝!
私事で恐縮なのですが、先日、誕生日を迎えました。
過去12か月間、色々なことがありました。喜んだり悩んだり、先が見えなかったり絶好調だったりという感じでした。誰であっても生きていればこうしたことに直面すると思います。ただ、人生に無駄なものは一つもないはずです。良いことも大変なこともすべてきっと自分の糧になると私自身信じて、これからも歩み続けたいと考えています。
この一週間は私にとってなかなかチャレンジングな日々でした。未知の分野の仕事もありました。準備をすればするほど「自分には難易度が高すぎたのではないか?請け負ってはみたものの、もっと適任者が他にいるのでは?私では力不足なのでは?」と真剣に悩みました。
不安に思うのであれば、勉強するしかありません。それが通訳という仕事です。予習をすれば、した分だけ知識は蓄えられます。悩みに時間を奪われてしまっては、使えるはずの貴重な準備時間を無駄にすることになります。
頭ではわかっています。
でも悩むときというのはそういうものなのでしょうね。
仕事をする上で私が大事にしているのは、準備を徹底的に行うということです。寝ても覚めてもその業務のテーマを考え続ける。寸暇を惜しんで勉強する。そうすることで初めて、お客様のお役に立てると信じているからです。自分の持てるエネルギーすべてを当日のために捧げたいと思いながら、私はこの仕事を続けてきました。
けれども今回の案件に関しては、自己評価で50%ぐらいの準備にとどまってしまったのではないかと思えるぐらい、苦戦しました。家族は「いや、ずいぶん頑張っていたと思うよ」と言ってくれました。でもこればかりは主観的な基準になるのでしょうね。
そして思い悩みながら迎えた当日。
少し早めに最寄り駅に到着したこともあり、近くのカフェで一息つくことにしました。そこでようやく気持ちを切り替えることができたのです。それは次のやりとりがきっかけとなったからでした。
コーヒーをカウンターから受け取り、ふと壁のボードに目をやると、そこには「キャンドルナイト」のイベント案内が出ていました。開催日は15日とあります。
「へえ~、今年は私の誕生日にキャンドルナイトがあるのねえ」
心の中でこう思っていたとき、隣にたまたまいらしたスタッフさんが「もしよかったらいらしてくださいね」と声をかけてくださったのです。そこから話が進み、私の誕生日であることをお伝えすると、満面の笑顔でお祝いの言葉をくださいました。
難しい業務案件を前に緊張していた私は、このやりとりで心が和みました。そして気持ちが前向きになれたのです。
「与えられた準備時間と環境において、私は私なりにベストを尽くしたと思うようにしよう。あとは本番で誠心誠意、通訳をしていこう。」
このような思いが強く心の中に沸き起こりました。それまで抱いていた不安や後ろ向きな思いは、このカフェでのひとときで払拭されたのです。
仕事への不安があった私はそれまでこう思っていました。「想像を絶するほど難しい通訳業務なのでは?」と。けれども本番が始まってみると、現場は終始和やかな雰囲気。緊張もほぐれ、私なりにベストを尽くせたと思いました。業務開始前の、あの打ちのめされるような不安は杞憂に終わったのです。もちろん、まだまだ改善の余地はあると自覚はしています。けれどもその一方で、私自身、未知の分野に触れることもでき、大いに刺激を受けた一日となったのです。
自分の気持ちが好転するきっかけというのは、意外なところにあるのかもしれません。今回はそのような出会いがあったことに心から感謝しています。これからは私自身がどなたかのchange agentになれればと思っています。
(2019年6月18日)
【今週の一冊】
「『あの世』の名画 絵画で読み解く世界の宗教」蔵持不三也著、じっぴコンパクト新書、2016年
数年前、上野の博物館でタイ関連の展示を観ました。中でも印象的だったのが、仏教の描く死後の世界。六道が描かれていました。六道とは、人間の生前の行為が死後の世界を決めるというものです。地獄や餓鬼などの絵は実におどろおどろしい描写でした。
今回ご紹介するのは、世界の様々な宗教が「あの世」をどのようにとらえているかを絵画から知るという書籍です。キリスト教、イスラム教、仏教だけでなく、ギリシャ神話や北欧神話の「あの世」の世界もわかるのが特徴です。
キリスト教には天国の門があるとされています。けれども、絵画を見てみると必ずしも「門」とは限らないようです。たとえば16世紀初頭のヒエロニムス・ボスは天国への門を「トンネル」で表しました。
一方、本書で取り上げられている地獄の絵もなかなか見ごたえがあります。ボッティチェリの描く地獄はアリ地獄のようなロート状の穴が地獄へと通じています。狩野山楽が16世紀後半に描いた「極楽地獄図」は全面が真っ赤に塗り尽くされていました。焦熱地獄とあります。
宗教について学ぶ際、活字だけではなく、このような視覚的な素材から学ぶのも新たな視点が得られることでしょう。
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