第397回 時間のマナー
このところ業者さんに来ていただく機会が立て続けにありました。
業者さんと言えば思い出すことがあります。イギリスで暮らしていたときのことです。
「〇月〇日の〇〇時に修理に伺います」との約束をしておきながら、待てど暮らせど来なかったということが何回かあったのです。予約受付担当者と工事請負人との間の連絡ミスでした。そのような事情など知らない私は当日待ちぼうけとなり、外出すらできず。困りました。まだ携帯電話も普及していない時代でしたので、確認のとりようもありませんでした。しかもよりによって、予約担当者に電話してもその日に限ってオフということもありましたね。
このようなことから、4年間のBBC勤務後に帰国の際、「引っ越し業者は絶対に日系の会社にする」と決めたほどでした。
一方、日本はどうかと言えば、当日no showなどということはあり得ません。それどころか、数日前から確認電話を何回か入れてくることもあります。個人的には1年先であれ3年先であれ、約束した日時は手帳に書いていますので、リマインドの電話も無くて構わないほどなのですが・・・。そう言えば以前、勝間和代さんがブログの中で、新幹線の車内検札の意味を疑問視されていましたっけ。これと何となく通ずるような気がします。
先程の業者訪問に話を戻しましょう。
私が個人的に気になるのは、「約束時間よりも早い訪問」です。5分前到着というのであれば、ある程度はこちらも準備ができています。けれどもさすがに何の事前連絡もなく、いきなり30分も前に玄関チャイムが鳴ると、ちょっと早すぎなのではと思ってしまいます。
特に我が家のように自宅で仕事をする者にとって、約束時間前もスケジュールを立てながら業務をしていることがあります。私の場合であれば、電話で打ち合わせをしていたり、合間を縫ってギリギリで買い物に出かけていたりということも考えられます。そして大急ぎで準備をして身支度を整え、約束の時間に来宅していただけるのであれば非常に助かるのです。
たとえば以下のようなシナリオも考えられます。
真夏日。仕事の合間に大急ぎで買い物に行ったとします。業者さんの訪問予定時間30分前に自分が帰宅すれば、買ってきたものを冷蔵庫や冷凍庫に入れたり、大汗をかいていればサッとシャワーを浴びてお化粧直しなどもできるでしょう。
ところが、両手に大荷物・お化粧は大汗でグジャグジャの状態で帰宅したところ、玄関前に業者さんが立っていた、しかも約束時間までまだ30分もある。
こうなると焦ってしまうのではないでしょうか。
ビジネスマナーの本には、到着時間の理想として「時間ぴったりか5分後ぐらいまで」を良しとしています。理由は、早すぎる到着の場合、先方を慌てさせてしまうからです。
「早く訪問すれば、早く終わる。だから訪問する側もされる側も早い到着はOKのはず」とは限りません。私が聞いた話では、「あまりにも早く到着され過ぎるので、その業者はもう使わない」と考える人もいるのだそうです。
私自身、通訳業務や打ち合わせの時間について考えさせられています。
(2019年5月28日)
【今週の一冊】
「デザインが日本を変える 日本人の美意識を取り戻す」前田育男著、光文社新書、2018年
読書のきっかけというのは意外なところに存在します。今回ご紹介する本の著者・前田育男氏は自動車会社マツダのデザイン部長です。もともと私は車にあまり関心がない方でした。しかし、友人がマツダ車に乗っていることからマツダの話をするようになったのです。それを機に街中を走るマツダ車に注目するようになりました。見れば見るほどデザインの美しさ、色の鮮やかさなど他車とは異なることに目が行きます。「これほどまでの車を作るということは、きっと社員の方々の熱い思いがあるに違いない」と考えるようになりました。そこで出会ったのが本書です。
マツダと聞いて私が思い出すのは、大学時代に通った自動車教習所の車がルーチェであったこと。そして、通訳者として駆け出しの頃、当時募集していた広島勤務のマツダ社内通訳者に応募しようかと思ったことでした。結局、社内通訳者に関しては実家の神奈川を離れる勇気がないため、見送りました。けれどももしご縁があって社内通訳の仕事を得ていたのであれば、過渡期にあったフォード傘下のマツダを実体験していたことでしょう。
本書は主に車のデザインや美に関することが綴られています。しかし読み進めるにつれ、これは通訳業にも当てはまると私は思いました。なぜなら、車に美を求めるのと同様、私にとって通訳における「美」はとても大切だからです。
かつてこのコラムでも書いたことがありますが、私は故・西山千先生の同時通訳を間近で拝見する機会があり、その美しさに衝撃を受けました。メッセージを伝えるのはもちろんなのですが、トータルで見て通訳という行為は美しくあるべきだとの思いを抱いたのです。言葉の選び方、間(ま)の取り方、話者の思いの伝え方など、どれ一つおろそかにしてはならないと感じました。そしてその「通訳行為」における完成形というものはありません。常に切磋琢磨して高みを目指していかねばならないと感じます。
前田氏は「車に命を与えること」「生命感を表現する」ということばを用いています。通訳者は単にA言語をB言語に変換するだけではありません。話者の言葉に命を与え、話者のイイタイコトすなわち生命感を表現する使命があるのではないでしょうか。
「『自分はアーティストである』という誇りと志をもって仕事に臨んでほしい」と部下への思いを寄せる前田氏。通訳者も人を感動させられるよう、アーティストのようなマインドを持って言葉を紡ぎたいと私は感じています。
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