第62回 効率だけで良いのか
先日、「鬼に訊く」という映画を観たのがきっかけで、私は宮大工や木そのものへの関心を抱くようになりました。「鬼に訊く」は過日このコラムでもご紹介した、法隆寺棟梁・西岡常一さんを描いたドキュメンタリーです。
今回読んだのは塩野米松著「木の教え」(ちくま文庫、2010年)です。
塩野さんはこれまでも西岡棟梁のことを著作で記してきました。本書は西岡氏だけでなく、船大工、漆掻き師、炭焼きなどに従事する人々へのインタビューをまとめたものです。そうした職人の方たちは「口伝(くでん)」という形で技を後進に伝えています。塩野氏はそのような口伝を伝え広めていくことこそ、今の時代に必要なのではないかと思い、こうして聞き書きを残しているのです。
通読して非常に印象的だった文章がありましたので、ご紹介しましょう。
「効率のことばかり考えていると、『最低ここまではしなくてはならない』という基準が設定され、それがいつのまにか目標に変わってしまいがちです。」
私はこの1行にハッとさせられました。なぜなら過去数年間を振り返ってみると、まさに効率最優先の生き方をしてきたからです。
たとえば「TOEICで満点を取る!」と決めた時は、受験日から逆算し、計画をしっかりたてました。そしてそれを達成すべく、効率の良い勉強法を自分なりに考えて実践していったのです。
マラソンに出ようと思った時もそうでした。まずは半年先のマラソン大会に照準を合わせます。そしてハーフマラソンを完走するためには毎日これぐらい走るべきと自分にノルマを課したのです。
おそらく私はそうした「日付設定・計画考案・いざ実行」というプロセスそのものが好きなのかもしれません。少しずつゴールに向けて進んでいることを実感できるのが楽しかったのでしょう。
けれども今の自分はどうかと言うと、TOEIC熱は持続していませんし、マラソンも関節を痛めて以来、ボチボチというところです。せいぜい飽きずに続けているのは、放送通訳業という自分の仕事に関連のある「毎日の新聞読み」「英語表現集め」「辞書引き」ぐらいです。
塩野さんはさらに続けます。
「ややもすると、『最低の基準を満たしさえすればいい』『規則を守りさえすればいい』『いわれたことをやりさえすればいい』という貧しい考えになってしまいます。」
つまり、効率だけで目標を達成しようとすると、考えが貧相になりかねないのです。これは私自身、指導の場で「先生、どうすれば効率的に勉強できますか?」「一番効果がある教材は何ですか?」という質問を受けることにも通じます。TOEICが「点数達成の道具」になってしまい、「目標点を突破するために、先生に勧められたこれ『だけ』をやればいい」という考えになってしまうのです。
「目標を達成したら自分はこんなことがしたい。自分はこの地球に生まれて来た以上、こんな風に社会のお役にたちたい。」そのための「効率」であるならば話はわかります。けれども大局観的に自分の人生をとらえていないと、効率だけではいざ目標に達するや、先の私のように失速してしまうのです。
偶然にもあとがきは私の尊敬する丹羽宇一郎・中国大使が寄稿していました。丹羽氏はかつて伊藤忠商事の社長として不良債権撲滅を断行し、リーダーとして、経営者として後進に大きな影響を与えています。私は2年程前、丹羽氏の本に感銘を受け、出版社経由でご本人にお手紙を差し上げたことがあります。投函から数日後、北京の日本大使館にいらっしゃるご本人から直筆の大変丁寧なご返信をいただき、大いに感激したことがあるのです。そんな丹羽氏の文章に塩野氏の著作で思いがけず触れられたのも、うれしい発見でした。
「復興に命をかける」村井嘉浩著 PHP研究所、2012年3月5日
東日本大震災から1年。現地ではまだまだたくさんのご苦労をされている方々が大勢いらっしゃる。過日、東北へ出張に出かけた際、地元の新聞を購入した。やはり震災関連の記事が多い。首都圏では他のニュースの比率が多くなるのも致し方ないかもしれない。でもやはり震災のことは1年たっても2年たっても、心を寄せることが大切だと思う。
本書は宮城県の村井嘉浩知事による著作。震災直後、知事のお名前はニュースで拝見していた。ただ、より関心を抱くようになったのは松本龍復興相との会見の報道。結局そのときの発言で松本大臣は辞任しているが、村井知事が非常に冷静に対応していたのが印象的であった。
本書には知事が震災時にどのような対応をしたか、また、どういう経緯で政治家になったのかといったことが綴られている。非常に共感する箇所が多かったのだが、中でも次の一文が印象的だった。
「私はどんな人間にも必ず世の中のお役に立つ天命が神から与えられていて、それを自覚し一生懸命職分を尽くすことによって幸福感を味わえると考えています。」
私の場合、直接ボランティアという形で被災地に行くことはまだできずにいる。けれども本書を通じて被災地に思いを寄せ、自分がたまたま好きで続けている「英語関連の仕事」で何ができるのか。これからも考え続けたいと思っている。
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