第61回 必要性とエリート教育
日本ではずいぶん前から英語関連の試験がありました。かつては合格・不合格だけで判断するものが主流でした。しかし最近は点数で実力を測るものが増えています。就職活動や企業の昇進条件にもそうした点数が問われる時代です。
けれども私たちが今の日本に暮らすうえで、英語はどれぐらい必要なのでしょうか?仕事で頻繁に接する人もいれば、日常業務では全く使わないという人もいます。
前者の場合、仕事をスムーズに行うには英語力の向上は必須です。お給料をいただいている以上、自らの生産性を上げる必要があります。
けれども業務でほとんど英語を使わず、日常生活も日本語で滞りなく行える場合、英語の勉強を続けるには強力な動機づけが求められます。英語という言語そのものが好きという学習者であれば苦労はしません。問題は「英語が苦手」「興味がない」というケースです。
私自身は英語がとても好きで、今でも毎日新しい単語に遭遇したり、英語「で」新たな知識を吸収できたりすることに喜びを覚えます。私の場合、もはや英語は検定試験の点数向上の目標ではありません。日本語で得られない情報を英語で得るにはどうするか、そのための手段になっているのです。
それぐらい英語に親しみを抱く私にとって、英語が就職活動や昇進・昇給の「目的」になっているのはとても残念です。本来ことばは道具であり、消費の対象ではないはずです。しかし今や英語は「苦手」「嫌い」「どう学べばよいかわからない」という「負の意識」の対象になっています。もったいないことです。
先日読んだ日経新聞スポーツ欄に、興味深い文章がありました。日本では「秀でたスポーツ選手を育てること」と「スポーツ愛好家のすそ野を広げること」の両方が大切だと出ていたのです。
翻って英語はどうでしょうか?小学校からの英語教育など、政府は過去から現在にいたるまで、学習者の英語力を引き上げるべく様々な方策を打ち出してきました。「何年習っても話せない」というフレーズが決まり文句となり、それを打開すべく、学習開始年齢を引き下げるという方針が実行されたのです。
国民全体の英語レベルを向上させること。それ自体はとても大切なことと私は考えます。しかしその一方で、日常業務や生活において一切英語が必要とされない人たちにまで英語を強制して良いのかは疑問です。義務教育の最中はもちろん学ぶ必要があります。けれども社会人となり、それぞれが専門分野で稼働する中、今の段階で英語を必要としない人たちにまで「英語をやらねばならない」という一種の不安感を社会全体が与えてしまうのは
良くないと思います。
その一方で、優秀な英語の担い手に対しては、もっと手厚く支援をすべきだと私は考えます。たとえば国際業務に携わる人であれば、英語力をもっと引き上げて労働生産性をさらに高める必要性があるでしょう。そうした人へのサポートに予算を投じても良いと思うのです。
スポーツの世界でエリートを育成するのであれば、英語界でもそれがあって良いと私は考えています。
「宮大工棟梁・西岡常一『口伝』の重み」西岡常一著・西岡常一棟梁の遺徳を語り継ぐ会監修、日経ビジネス人文庫、2008年
過日渋谷の映画館で観た「鬼に訊け」。これは法隆寺の棟梁・西岡常一氏を描いたドキュメンタリーである。木を大切にし、古代の工法を重んずる。単に建築学的なことだけでなく、人間としていかに生きるべきか。そういったことが滲み出ていた映像であった。鑑賞後に入手したのが本書である。
仏教や五重塔、宮大工の仕事など、専門的なことは私にはわからない。けれども棟梁の言葉はどれも重みがあり、今の時代に生きる私たちにも大いに訴えるものがある。
中でも「自分の頭で考える」「要領よくおぼえたらすぐに忘れるからな。とにかく基本をしっかりおぼえる」「仕事というのは事に仕えること」の3つが心に残った。今の時代、何でも数値化し、すぐに結果を求める傾向にある。けれども自分の頭で考えずに数字で判断されても良いのだろうか?何事も効率・要領だけで済ませて構わないのだろうか?そんな気持ちに私はなってしまう。
使命感を持って仕事をする。自分の労力をお金と引き換えに差し出す「労働」ではなく、「事に仕える」ということ。私も目指していきたい。
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