INTERPRETATION

第378回 最大限生かすには

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日ふと思い立ち、アイロンがけをしてみました。きっかけとなったのは、「ハンカチの購入」です。

数か月前のこと。ハンカチを新調しました。慶弔両用で使えるように、これまでも無地の白ハンカチを愛用していたのですが、そろそろくたびれてきたのです。そこで今回はシックな黒ハンカチを買いました。端にレース模様があり、とてもおしゃれです。私は食事時にハンカチをナプキン代わりにひざ掛けとして使うのですが、白の場合、いざ何かを落とすとシミになってしまいます。そう考えると、黒の方が使い勝手が良いのですね。白のように黄ばんでくることもなく、実に汎用性のあることから、改めて黒ハンカチの良さを見直しています。

ところが、使い始めて気付いたことがあります。それはアイロンをかけないとシワになってしまうことでした。以前の白ハンカチの場合、干す際にシワをのばせばピンとなりました。ところが黒ハンカチはそれがうまくいかず、しかも色が黒だけあってシワがなおのこと目立つのです。アイロンをかけなければと思いつつ、ここ数年、アイロンがけ自体をしない生活が続いてきたため、クロゼットの中にしまったアイロン台とアイロン本体を出すのも億劫に思えました。

そこで改めて「アイロンをかけなくなったきっかけ」について思い起こしてみました。

以前、我が家ではアイロン台を脱衣所の洗濯機横に置いていました。アイロン台は立って作業できるタイプで、折りたたむことができます。数年前までは洗濯機を使った直後、その場でせっせとアイロンをかけていました。主人も私もアイロンがけは好きな家事で、あれこれと考え事をしたり、音楽などを聴いたりしながらかけていました。

けれども夏場になり、脱衣所の換気が悪いこともあってアイロンがけが暑さゆえに苦痛を伴うようになったのです。さらに夫婦そろって仕事が多忙になりました。それを機に次第に億劫になり、アイロンをかけなくなったのでした。

そうなると今度は洗濯機横にアイロン台自体が置いたままとなりました。掃除機をかけるたびにホコリを払わねばならず、それはそれで掃除が今度は面倒になります。そこで思い切ってアイロン台自体をクロゼットにしまうことにしました。まさにout of sight, out of mindです。「アイロンをかけなくても、まあ、多少シワはあるけれど仕方ない」というメンタリティで日々を送るようになったのです。

けれども件の「黒ハンカチ購入」以来、アイロンのことが気になり始めました。そこで一念発起、「アイロンをかける気分にするためにはどうすべきか?」を考えてみたのです。その結果、元の洗濯機横に再度セッティングしてみました。また、クロゼット棚の上段奥にしまったアイロン本体も取り出し、こちらは洗面台下の空きスペースに収納しました。これでようやくアイロンがけをしやすい環境は整いました。

いざこうして変化させてみると、不思議なものであれほど敬遠していたアイロンがけのハードルは低くなりました。今まで見て見ぬふりをしていた洋服のシワも、アイロンがけのおかげでピンとなり、気分もすっきりです。確かに「今までアイロンがけに費やさなかった時間」を新たに捻出するわけですので、時間はとられるでしょう。けれども気持ちの面で前向きになるわけですから、これは意外にも心にプラスの作用をもたらすことがわかりました。しかも、せっかく購入した家電です。死蔵させるのはあまりにももったいないですよね。本来の役割を果たせるよう、使用する側が工夫してみるのも大切だと思いました。

今回のこの教訓、実は仕事にも当てはまるのではと感じています。自分が本来持てる力を社会において最大限発揮させるためには、自分自身が自らの強みを発見する必要があります。そして発見した後、どのようにすればそれを具体的に社会のお役に立てるようにできるかを考え、自分はどう動くべきか具体的な行動計画を立てることも大事だと思うのです。「今までこの仕事をやってきたのだし、しかも今さら変化させるのは大変だし」と二の足を踏むこともあるでしょう。けれどもモヤモヤしながら生きるより、本当に自分の能力を社会に役立てるために自分はどのようにしたら良いのかを考え、勇気をもって一歩を踏み出してみると、意外にも新しい世界が開けるように私は感じます。

私にとって今回の問いのきっかけは「アイロンがけ」でした。これを機に自らを客観的に見つめつつ、2019年も仕事や日々の生活に向き合いたいと思っています。

今年もご愛読ありがとうございました。来年も毎週火曜日にアップ予定です。皆様にとって2019年も幸せな一年となりますようお祈りしております。

(2018年12月25日)

【今週の一冊】

「日本懐かし団地大全」照井啓太著、辰巳出版、2018年

子どもの頃、横浜に暮らしていました。ヨコハマと一言で言っても、実は面積も大きく、私が住んでいたのは山や丘の多いのどかなエリアでした。元町や山手などのおしゃれな場所からは離れていました。

幼稚園の頃、近所に大型団地ができました。白い団地が見る見る何棟もできていく様子は圧巻でした。緑豊かな地域の中に真新しい団地ができ、立派な小学校も建設されました。田舎道や林、空き地などの多い我が家の地域から見れば、その団地はまさに近代都市でした。以来、私の中では「団地」ということばが幼少期を思い起こさせる言葉となったのです。

今回ご紹介するのは、昔の団地をカラー写真でおさめた一冊です。「懐かし」というタイトルがついていますが、今なお現役の団地がたくさんあることがわかります。しかも最近は団地の魅力も見直されており、建物はそのままにして中をリフォームすることも流行しているようです。高齢化が進む団地ですが、新たな価値観を団地に吹き込むことで居住者も増え、人口構成も多様化しています。

団地鑑賞の楽しみ方は建物だけではありません。敷地内にある給水塔や店舗、住棟番号などもウォッチングすると奥が深いのですね。本書では団地の募集パンフレットも紹介されており、時代の流れを感じることができます。

昔は合鍵を自宅ポストや牛乳受けの中に入れるなど、今では防犯面からすれば考えられないほどのどかな時代でした。ノスタルジーを感じられる一冊となっています。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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