INTERPRETATION

第369回 Just ask!

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」

誰でも一度はこのことわざを耳にしたことがあるでしょう。知らないままにして後で大変な思いをするぐらいなら、今、たとえ恥ずかしくても疑問点は解明すべし。そのようなメッセージがこの一文には込められています。

通訳業で大事なことの一つに「質問すること」があります。私自身、通訳を勉強していたとき、先生から「仕事の準備段階で質問が出てきたら、そのままにせず、きちんと質問するように」と言われていました。けれども、その先生ご自身が厳しかったため、そもそも「先生に質問する」という行為自体が私にとっては非常に敷居が高かったのです。そしてそのまま、気がつけば通訳者デビューしてしまいました。

本格稼働から間もないある日のこと。「質問しなかったが故の大失敗」を私は経験しました。とある外国人格闘技選手の記者会見です。

予習段階で抑えるべきポイントはほぼ把握していました。けれども直前になり、「そう言えばこの選手のライバルって誰だろう?」と思ったのです。 ただ、会見本番に近づいていたこともあり、質問しないことにしました。エージェントからも「基本的な会見なので難しいことは出てこないはず」と言われていたのです。

ところがいざ会見が始まるや、案の定(?)、ライバルに関する質問が出ました。それまではスムーズに通訳していたつもりでしたが、いざ、その話題に変わるや大いに焦ったのです。「ああ、やっぱりあの時質問しておけばよかった!」と。

通訳の仕事の出来不出来の一部に、メンタルの調子も挙げられると私は思います。あの日の記者会見での私はそれまで順調でした。ところが後悔の念に駆られた途端、声は上ずり、目線が定まらなくなってしまったのです。一気に自信を失ったことが明らかでした。

他にも「尋ねなくて大変な思いをした」という経験はいくつもあります。たとえば、「資料はありません」とクライアントから言われていたので、「ま、いっか~」と思って会場へ。ところがいざ到着すると大量の束が机の上に置かれているではありませんか!前日に尋ねる余地があったのにも関わらず、質問をさぼった自分への罰ゲームかと思いましたね。

放送通訳現場でも、やはりハプニングがありました。「今日はマイクと映像チェック、しなくて良いですか?」とディレクターさんに尋ねようかと思いきや、「ま、いつも機材の調子は良好だから今日も大丈夫でしょう」とたかをくくったのです。ところがその日に限って海外からの伝送が失敗し、映像なし・音声のみというなかなかハードな放送通訳をしたこともあります。大事なのは「少しでも疑問に思ったら口にすること」なのですね。

ところで通訳の仕事においてもう一つ大事な点があります。それは「知ったかぶりを避けること」です。本当は知らない話題なのに知ったかぶりをしてしまう。これはやはり避けねばなりません。最大限の準備をして本番に臨んで、それでもわからないトピックが出てきたのであれば、こればかりは致し方ないでしょう。けれども、気をつけなければならないのは、「大して勉強していないのに、勉強したつもりになってしまうこと」なのですね。

「知ったかぶり」に関連してもう少々。訳文に関してです。原文の英語ではveryを一切使っていないのに、なぜか和訳では「非常に」「とても」を入れてしまうケースです。通訳者は自分が訳出している際、「極端に間延びすること」を非常に恐れます(少なくとも私がそうです)。わずか0コンマ数秒の空白もコワイのですね。その「恐怖」を味わうぐらいなら、「非常に」「とても」といった言葉で場つなぎすれば、空白も目立たなくて済む、と思えてしまうのです。けれどもこれでは、当の話者が話したことに対して「勝手に上乗せ」してしまうことになるでしょう。

今回の結論。それは“Just ask!”と「勝手に盛らない」といったところでしょうか。ちなみに先日、シンガー・八神純子さんのエッセイを読みました。ご結婚直後、アメリカで子育てをしていらしたころの文章です。その中のエピソードとして、八神さんは英語が聞き取れなかった際、相手に説明を頼んだそうです。すると、丁寧に説明してくれる人もいれば、説明を嫌がる人もいたとのこと。後者に関しては「そういう人は私にとっては必要のない人間」と割り切り、丁寧に話をしてくれた人を真の友人として交流していく様子が描かれていました。

(2018年10月16日)

【今週の一冊】

「首都圏 大学図書館ガイド オトナの知的空間案内」斉藤道子著、メイツ出版、2015年

現在私は週2回、大学で授業を受け持っています。若い学生たちと共に学ぶことで、私自身が色々と気付かされることがあります。授業準備は決して楽ではありませんが、毎回、通訳という仕事の楽しさや英語を学ぶことの喜びを伝えられればとの思いで出講しています。

大学へ出かけるもう一つの楽しみ。それは大学図書館の利用です。現在私が勤務する大学にも立派な図書館があります。フロア数は3フロアだけなのですが、実に使い勝手の良い設計となっており、気に入っています。この図書館のおかげで、私は放送通訳や会議通訳の準備をすることができました。数か月前に行われた米朝首脳会談では放送通訳に携わったのですが、昨今の北朝鮮情勢をじっくり予習できたのも、この図書館のおかげです。

今回ご紹介するのは、首都圏にある大学図書館を取り上げたものです。大学図書館と言うと、学生や聴講生のみが使えるという印象があります。けれども、実は多くの大学図書館が一般に門戸を開放しているのです。貸し出し制限などはありますが、それでも大学によっては手続きさえすれば、誰でも利用できます。

たとえば埼玉県越谷市にある文教大学越谷図書館。こちらは登録すれば10点まで借りることができます。しかも2週間は借りられるそうです。蔵書数は36万冊、雑誌は6千以上のタイトルが並んでいます。

一方、埼玉県上尾市にある聖学院大学総合図書館はCDなどの音声資料も借りられます。PCも利用可能です。神奈川県川崎市にある専修大学図書館生田キャンパス本館・文館の蔵書数は100万冊以上。貴重なコレクションも所蔵している図書館です。

上記は本書のごく一例ですが、他にも東京、千葉などにたくさんの大学図書館があります。最近の図書館は建物もおしゃれで、椅子や机なども使いやすいものとなっています。たまには大学図書館で若い学生たちと共に、学びの雰囲気に浸るのも良いですよね。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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