INTERPRETATION

第53回 今年の抱負

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

「通訳者のひよこたちへ」の読者のみなさま、明けましておめでとうございます。2012年も始まり、少しずつ日常生活に戻っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。今年も健康に留意しつつ、日々を大切にしながら歩んでまいりたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

さて、みなさんにとって今年の目標はどのようなものでしょうか?一年の計を元旦に立ててみた方もいらっしゃるのではと思います。「今年こそ英語力をアップする!」「年内に通訳者デビューを果たす」「今の仕事をもっと発展させていきたい」など、みなさんそれぞれめざしていらっしゃることがおありかと思います。

私は今年、次の3点をとりわけ意識したいと思っています。

1.自分が学んできた英語を社会に還元していく
2.「奉仕はさりげなく、振り向きもしないで」を実践する
3.自分のできることを一つずつ丁寧に

まず、ひとつめの英語についてです。私の場合、幸いなことに英語が好きでそれを仕事として続けることができました。ここ数年重点を置いているのは放送通訳です。ここで接する世界情勢を見てみると、自分が今どれだけ恵まれているかを痛感します。世界には戦争や飢餓、理不尽な体制下などで暮らす人たちがまだまだたくさんいるからです。自分が受けている恩恵をどのようにして社会に還元できるのかを引き続き考えていきたいと思っています。また、英語を学ぶ後進たちに、英語を通じて得られる喜びを伝えたいと考えています。私一人の力で大きなことはできなくても、少しずつ行動に移せればと思います。

2点目の「奉仕はさりげなく、振り向きもしないで」は私の尊敬する佐藤初女先生のお言葉です。初女先生は90歳になられた今も青森県で「森のイスキア」を運営し、おいしい手料理で人生に悩める方々を無料で受け入れていらっしゃいます。先生のおむすびを一口味わっただけで心が救われたという方が大勢いるのです。その初女先生が常に意識していらっしゃるのが、見返りを求めず、自分の名声を追求しないという点です。私自身、仕事や人生においてどのように周りのお役にたてるか、それを意識したいと思っています。

3つ目の「できることを丁寧に」は、昨年の震災後、とりわけ強く感じたことです。あの未曽有の大災害に直面したあと、思ったのは「自分の持ち場を守る」ということでした。これは絵本「スイミー」の一節なのですが、私としては「自分の今の状況をいつくしみ、大切にして丁寧に行っていく」と解釈しています。とりわけ私の場合は根がせっかちですので、目の前の作業に取り組みつつも心ここにあらずでよく失敗してしまいます。今やっていることに意識を集中させること。これを特に肝に銘じていきます。

先日スポーツクラブのレッスンでM Peopleの”Proud”という曲に合わせながらクールダウンを行いました。その中に、

What have you done today to make yourself feel proud?
It’s never too late to try.

という一節がありました。この曲を励みに、今年も前を向いて進んでいきたいと思っています。

(2012年1月9日)

【今週の一冊】

「宇宙飛行」若田光一著、日本実業出版社、2011年

今年最初の一冊は、宇宙飛行士・若田光一さんの著書。これまでも数々の本が若田さんから出ているが、本書は写真がたくさん載っており、それを眺めているだけでも宇宙の偉大さを感じることができる。若田さんがどうやって宇宙飛行士になったのか、また、宇宙での業務はどのようなものかなどがQ&A方式で記されている。また、若田さんを支えてきた言葉もたくさん紹介されている。

中でも印象的だったのが、今でこそにこやかに任務にあたっている若田さんが語学の壁に阻まれ、疎外感を味わったというくだりである。「仲間からは『仕事はまかせられない』と思われ、ある意味で私はただ宇宙船に一緒に乗っている傍観者的な存在になってしまったこともありました」と訓練当時を振り返っている。けれどもそこであきらめず、自らの目的を心に強く持っていたからこそ、今の若田さんがあるのだと思う。

国際宇宙ステーションから帰還後の若田さんは、各地で講演を行い、啓もう活動を続けている。まさに宇宙と私たちを結ぶinterpreterなのだ。私は根っからの文系だが、若田さんのおかげで宇宙への関心が高まり、プラネタリウムやJAXAタウンミーティングなどに足を運ぶようになった。美しい写真が肌触りの良い紙に収められており、めくっているだけで幸せな気分になれる、そんな一冊であった。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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