INTERPRETATION

第51回 最適な学習法とは

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

現在私は通訳関連の指導と英語学習に関するアドバイス業務を行っています。最近は社内英語の公用語化や、就職活動にもTOEICが必要とされています。だからなのでしょう、「どのようにして英語を学んだらよいか」という質問をよく受けます。特に顕著なのが、「短時間で効率的に効果を上げるにはどうすべきか」という問いです。

このような質問を受けた際、私が相手に必ず聞くことがあります。それは「これまで何かスポーツや習い事などをやってきましたか?」です。するとたいてい「中学校時代にテニスをやっていました」「高校は陸上部です」「今はピアノに凝っています」といった答えが返ってきます。

そこでさらに質問を続けます。「ではテニス部にいたころ、すぐにコートで試合に出られましたか?」「短距離走でいきなり高記録を出せましたか?」「バイエルを飛ばしてショパンの曲を始めたのですか?」

「いえいえ、ずいぶん基礎練習をやりました。」
「そうですよね。やはり土台をきちんと作ったからこそ、上達していったのですよね。」

ここまで話すと勘の良い学習者ならば気づきます。そうなのです、スポーツや楽器同様、語学も日ごろの積み重ねが大きな結果へと導いてくれるのです。

運動や趣味などについては誰もが「地道な日々の練習こそが大切」ということで納得してくれます。けれどもなぜか語学だけは「最小限の努力で最大限の効果がある『はず』」と強く信じて疑わないのです。これはそういう雰囲気が日本の中にあることも理由の一つですし、語学産業界が教材販売という商売柄、そうした宣伝文句で学習者を魅了してしまっているのも事実です。また、学びの場によっては「この学習方法に『さえ』従えば、あなたもレベルアップ!」と唱えるところもあるかもしれません。

先日、駒沢女子大学で教鞭をとっておられる太田洋先生の講座に参加してきました。その中で先生は「最適な学習法は人それぞれ」「大切なのは自分の学習を振り返り、軌道修正すること」とおっしゃっていました。要は自分自身でメソッドを考え、うまくいかないようであれば自分で微調整していくことで初めて、その人の学習は進歩するのです。

太田先生の授業から数日後、私はニューヨークのロイター通信記者・我謝京子さんの講演を聞きに行きました。その中で我謝さんは、「自分で考えて選択すること」の大切さを唱えておられました。つまり、語学学習にしてもキャリア形成においても、結局のところは「自らが考えて選択し、行動に結びつけ、必要とあれば直していく」ということを繰り返していくのがベストなのです。

今の時代、私たちはこと英語学習においては本当に恵まれています。インターネットさえあれば無料の教材がいくらでもありますし、音声もダウンロードできます。スカイプを使って安価にスピーキングの練習をすることも可能です。自分の英作文に不安があれば、チェックをかけることも即座にできます。

けれども、選択肢が多すぎるがゆえに、学習者が戸惑っているのも事実です。「どれも効果がありそう。でもどれを選べばよいかわからない」「こっちを選んだけれども、やっぱりあっちの教材も魅力的」という具合に、一つの教材や方法を信じて学習することが難しい時代になっています。それゆえに、講師や学習相談の場において「おすすめ教材を教えてください」「効果的な方法を知りたいです」という、すがるような思いになってしまうのかもしれません。

英語指導者たちは色々なメソッドや教材を知っています。それを勧めるのは簡単です。けれども本当に大切なのは、学習者一人一人が自らの英語の勉強について振り返り、じっくりと学習法を自分で編み出す「機会」を作り出してあげることだと私は思います。講師が「こういう学習法を教えた」「こんな教材を提案した」ということだけでは、「指導しました的満足感」で終わってしまいます。

学習者からすれば、「どうしてこの先生は効率的学習法をすぐに教えてくれないのだろう」という歯がゆさがあるかもしれません。けれども、「なぜ自分で選択して考えることが大切か」という根本部分が自覚されなければ、その学習者が次へ踏み出すことは難しいのです。だからこそ私たち教壇に立つ者は、本来の学びをきちんと伝えていかなければと私は考えています。

(2011年12月19日)

【今週の一冊】

「堀内誠一 旅と絵本とデザインと」コロナ・ブックス編集部、平凡社、2009年

「堀内誠一」という名前を聞いて、読者は何を思い描くだろうか。私の場合、絵本「ぐるんぱのようちえん」の画家という認識である。他にも「たろうのおでかけ」や「マザー・グースのうた」を描いたアーティストとして、幼いころの思い出や、子どもたちと読んだ絵本の時間をほうふつさせる。

しかし堀内氏の功績はこれだけではない。本書を読んで改めてわかったのは、私たちが身近に目にしているデザインの多くが、実は氏によるものだったということ。たとえば雑誌「ESSE」や「POPEYE」「クロワッサン」などのロゴの多くは堀内氏が作成したものだ。1970年代から今まで、それらはずっと表紙を飾っている。

堀内氏は1932年東京都墨田区生まれ。戦時中は能登に疎開していたが、終戦後は家計を助けるために進駐軍の看板書きなどをしていたという。そして14歳で伊勢丹百貨店宣伝課に入社。ウィンドウ・ディスプレイや広告デザインなどを担当し、その後は様々な分野で活躍した。1987年、がんのため、わずか54歳で世を去っている。

本書には堀内氏の作品がたくさん掲載されているが、絵本だけでなく、レコードジャケットやクリスマスカードのデザインなど、実に幅広く仕事をしていたことがわかる。「結局人のためになる仕事がいちばん」という氏の一言が、その原動力となっていたのであろう。

私たちの周りにはたくさんのデザインがある。私たちは何気なく目にしているが、その背後に堀内氏のようなアーティストたちの存在がある。たくさんの時間とエネルギーを注いで生まれたデザインの数々。ただ「見る」だけではなく、「しっかりと作品美を見つめること」を意識していきたい。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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