INTERPRETATION

第40回 やっぱり潤いは大切

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

数か月前に片づけ関連の本を読んだ際、その後しばらくはせっせせっせと自宅の整理整頓に励みました。家具もいくつか処分し、本棚の未読本とも潔くお別れしてずいぶん身軽になったのです。おかげで掃除もしやすくなり、心地よい生活が続いていました。

片づけの際には「使えるもので愛着があるものはそのまま継続して使う」「なくても何とか耐えられるのであれば、あえて新調しない」が基本方針でした。たとえば我が家の場合、色調が壊れてしまったブラウン管テレビがあるのですが、「とりあえず映るし普段それほどテレビは見ないし」という理由で現状維持。一方、私は昨年秋にパソコンを買い替えたのですが、iPodの移送ができずにいました。「まあ、音楽を移動中に聞かなくてもその分本を読めばいいし」と割り切り、iPodなしの生活が続いていたのです。このような具合に「なくても我慢できる」ことに関しては、あえて行動をとらずに暮らしてきました。

ところが先日、久しぶりに家族でレンタルDVD店へ出かけ、面白そうな作品をいくつか借りてきた際、「やっぱりきれいな画面で見たい」と思い始めたのです。そこで思い切って翌日、薄型テレビに買い替えました。主人が初バイトで買った20年物のブラウン管テレビともいよいよお別れです。

いざ新調したテレビをつけてみたところ、画面の美しさにまずは魅了されました。スクリーンも大きめになり、見やすくなっています。今まで何とか我慢して小画面で色もトンチンカンな状態で見ていたのですが、やはりこうしてまともに見られると嬉しいものなのですね。それだけで幸せな気分になりました。

これを機に、やはりこうした「生活面での潤い」は大切なのではないかと思うようになったのです。本や音楽が身近になくても何とかなるという考えは確かに存在します。「本は増えるばかりだから図書館で借りる。もう買わない!」と思うこともアリだと思うのです。けれどもそうした我慢を続けていると、どんどんくたびれてしまうのも事実です。現に私自身、日々の生活が緊張感に蝕まれるような感覚になっていました。

そこで懸案だったiPodのデータ移送も行うことにしたのです。ただ、以前業者さんに問い合わせたところ、出張サービスの場合は一日がかりになってしまうとの回答でした。それで「わざわざ音楽のためだけに1日費やすのもなあ」と思ってしまい、結局そのままになっていたのです。

ところが昨日ネットで調べたところ、iPodデータ転送の無料ソフトがあることを知りました。ダウンロードすれば自分でデータを移すことができるようです。早速試してみました。

結果は、わずか2時間弱でiPod内のデータを新パソコンに移すことができたのです。何も知らずに新しいPCにiPodを接続してしまうとすべてのデータが消えてしまいますが、このソフトのおかげで無事移行することができました。

この後外出したのですが、数か月ぶりにiPodでお気に入りの音楽を聞きながら歩いてみると、実に楽しい気分になりました。そうなのですよね、自分が「楽しい」と思えることは生活に潤いをもたらします。そしてそれが明日へのエネルギーとなっていくのです。

モノが増えすぎてもストレスですが、あまりにも切り詰めてしまうと生活が殺伐としてしまいます。自分の心を和ませ勇気づけてくれるアイテムは、やはり大切にしていこうと改めて思ったのでした。

(2011年9月26日)

【今週の一冊】

「日本人の9割に英語はいらない」成毛眞著、祥伝社、2011年

非常に挑発的なタイトルにひかれて購入。実に面白かった。私自身、英語業界に携わる人間ではあるが、個人的には「すべての人が英語を学ぶ」という考えには抵抗を覚える。むしろ「社会の中で本当に英語を必要とする人に、高度な英語教育を施していくべき」と考えている。マイクロソフトの元社長である成毛氏も、そういったスタンスから本書を記している。

印象的な個所がたくさんあった。たとえば「英語を学んだからといって、欧米の文化や歴史に詳しくなるわけではない」は、まさにその通り。実際、海外の人と英語でやり取りする際には自国文化や相手の慣習などを「知識として」知っていて初めて、会話は成立する。ただ単に英語がペラペラだけでは内容が伴わないのである。

他にも「何語を話せても嫌な性格の人は嫌な性格だし、仕事ができない人は仕事ができない」とバッサリ。「読書量によって国は滅びる」は最近の読書離れに警鐘を鳴らしている。その一方で、「アメリカ最大の書店チェーンであるバーンズ・アンド・ノーブルでも、ジュンク堂にはかなわない」と、日本の書店文化にエールを送ってもいる。

成毛氏のストレートな筆運びにすっかり魅了されて一気に読んだ本書は、昨今の英語熱に関してモヤモヤ感を抱く人にはきっと受け入れられると思う。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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