INTERPRETATION

第34回 ダンシャリで外出

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

数年前からジョギングとマラソンにはまっていた私ですが、2か月ほど前、自転車で転倒したのを機に筋肉痛や疲労が一気に噴き出しました。かつてはiPodで各種英語番組をダウンロードしては走りながらひたすら多聴という生活が一変。走るどころかウォーキングすらままならない状態となりました。もちろん、スポーツクラブもお休みです。

それまで毎日体を動かしていたのが急に何もしなくなる始末。筋肉は落ちるわ体は重くなるわで散々でした。でもここで焦っては治るものも治りません。ひたすら休むことに専念しました。幸い今では完治して運動再開です。

ただ、これを教訓とし、ジョギングもやりすぎないことを今は心がけています。「今日はちょっと辛いな」と直感的に思ったら無理に走らず、ウォーキングに。なまってしまった体を今はゆるゆると立て直している状態です。

さて、これまではiPodが外出時に手放せなかったのですが、パソコンを切り替えて中身を移し替えずじまいになっていることもあり、今はiPodが使えません。お気に入りの音楽やiTunesの番組が聞けないのは当初、物足りなく感じられました。しかしそれにもすぐ慣れ、最近はもっぱら「周囲の音」に耳を傾けるようにしています。

朝のウォーキングであれば鳥のさえずりや風の吹く音に集中したり、後ろから来る車の大きさをエンジン音で何となく想像したりします。それまで「聞こえていた」けれども「聞いていなかった音」がたくさんあることに気付かされます。

そんな作業をするうちに、運動時に限らず、外出の際には「どれだけ少ないモノで出かけられるか」を考えるようになりました。ケータイをあえて家に置いて出る、バッグの代わりにお財布とカギだけポケットに入れる、といった具合です。かつては外出先でも手帳にしょっちゅうメモを取っていました。そうした筆記関連のアイテムもあえて持ち歩かないようにしてみたのです。最初のうちは「何かあったらどうしよう?大丈夫かな?」と不安に思えました。

しかしだんだん慣れてくると、「持たずに外出」が実に快適だと感じるようになったのです。一番の利点は「身軽でいられること」。どうしても覚えておかなければいけないことはしっかりと頭に記憶させます。腕時計をせずに出かけても、公園や駅、コンビニ店内の時計を見れば時間はわかります。お金さえあれば公衆電話から電話もかけられるのです。実はこうしたことすべてが、かつての日本では当たり前な生活だったのです。

こうしてダンシャリ状態で外出してみると、自分の感覚が研ぎ澄まされるような気がします。ヘッドホンの代わりに自然の音を意識する、ケータイ画面の代わりに目の前のものをしっかり見てみる。そんなことを続けてみると、まだまだ自分は知らないことだらけだと痛感します。ケータイやPCでどんなに検索速度を上げて情報収集できても、ウォーキング中に見かける雑草一本ですら、その名前が私にはわからないのです。

情報がたくさんあるイコール幸せなのではありません。自分の感覚を信じてそれをさらに鋭敏にし、未知なるものへの意識を広げていくことも大切だと私は考えています。

(2011年8月8日)

【今週の一冊】

「その場面、うまい教師はこう叱る!」 中嶋郁雄著、学陽書房 2010年

本書は小学校の教員向けに書かれた本だが、指導する立場にいる人にとって大いに参考となりそうなヒントが詰まっている。今の時代、生徒であれ部下であれ「ほめて伸ばす」という方法が主流になっているが、その一方で叱ることが非常に難しくなってもいる。相手を思うからこそ適切な叱り方をする大切さに改めて気づかされた。

参考になったのは「あいさつを強要する代わりに教師が率先してあいさつする」というポイントや、授業中のおしゃべりへの対処法など。中でもなるほどと思ったのが「ノートに書きなさい」という一言の大切さである。私自身、授業や講演会で色々と話していても、ノートを全くとらない受講者が気になっていた。そんなときはこちらからノートをとることをきちんと指示出しした方が良いのだ。

宿題に関して保護者からクレームが出たらどうするか。その対応もなるほどと思わされた。中嶋氏の必殺(?)解答は「宿題は、自分の怠け心と闘うためにある」。宿題にしても仕事にしても、日ごろから自分の怠け心をやっつけるためにあるのだと思えば、やる気も出るのではと思う。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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