INTERPRETATION

第32回 心が弱ったときこそ物事をていねいに

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

仕事柄、人前に立って授業や講演をするためか、「いつも元気ですね」と言われることがあります。私自身、せっかく来てくださっている方が私の話を通じて英語を学ぼうという気持ちになってくださればうれしいという思いでお話をしています。「ヤル気が出ました。今日から勉強します!」と言っていただいたときなど、講師冥利に尽きます。

けれども私自身、24時間365日、フルパワーでまい進しているわけではありません。人間ですので落ち込むことはもちろんあります。敬愛する佐藤初女先生がおっしゃるように、「すべてをありのままに受け止める」ことを心がけているつもりでも、気持ちに余裕を失っているときは現状を素直に呑み込めない自分がいます。心の中で非常にあらがっている自らの姿が存在するのです。

つい最近もそうでした。なぜそうなってしまったかはわかりません。一つの大きな事件があったわけでもないのです。ただ何となく日々を送る中で、しんどいなと思いながら暮らす状況が続きました。

しかし、そんな環境に身を浸らせるのも辛いものです。ならば、なぜ辛いのかを考えてみようと思いました。頭の中に浮かんだのは「急に猛暑になったことによる疲労」「人間ドックで要再検査判定を受けたこと」「寝不足」「口内炎」などなどでした。

頭の中でリストアップしてみてわかったこと。それはこうしたそれぞれの理由も「自分の力で解決できること」と「そうでないこと」に分類できる、ということでした。

自力で解決できることは、自らが動いて改善するしかありません。たとえば「猛暑ゆえの疲労」については、「節電のためにエアコンをつけずに頑張ったけれど、やっぱり体が疲れるから日中も少しの時間だけつけよう」と考え直し、「自分の体力温存も仕事のうち」と考えるようにしました。

一方、「要再検査」については一人で悩んでいても解決しませんので、病院へ出かけ、診察してもらいました。結果は「問題なし」。これもやはり早く動くに限ります。精神的な疲労も、ためすぎると体力消耗につながります。

もう一つ、私が心がけたことがありました。それは、落ち込んでいるときこそ物事をていねいに行うというものでした。心身が疲れていると、物事に対して面倒くさいという気持ちが出てきてしまいます。元気なときであればミスしないようなことも、手元が狂って失敗するのです。たとえばお醤油を大瓶から小瓶に詰め替える際にこぼしてしまうというような凡ミスです。心が弱っているときに失敗すれば、余計落ち込みます。

だからこそ、ひとつひとつのことをていねいにやってみるのです。音を立てずにイスから立ち上がる、手紙をきちんと折って封筒に入れる、切手をまっすぐに貼る、住所を一文字一文字ていねいに書く、ドアを静かに開閉する、お皿の向きをそろえて食卓に並べる、などです。

こうした小さな作業ほど、心がぐったりしていると粗雑になってしまいます。けれどもその一方で、そんなときこそ心を込めて作業をしただけで、大きな達成感を抱くことができます。そしてそれが積み重なることで、心も元気になっていくと私は思うのです。

(2011年7月25日)

【今週の一冊】

「日経ビジネスアソシエ」 2011年8月2日・16日合併号、日経BP社 2011年

今回ご紹介するのは雑誌、「日経ビジネスアソシエ」。どちらかというと若手ビジネスパーソンを対象とした雑誌で、特集もSNSや時間管理、読書術など、今すぐ役に立つようなトピックがこれまで取り上げられてきた。最新号は「英語&中国語レバレッジ速習術」。社内英語公用語化が進む中、この夏休みにどうやって英語を勉強すべきかという観点から書かれていた。さらに今や中国が大いに注目されている時代。並行して英中2か国語を学ぶという視点も興味深い。

特集ではTOEIC専門家による解答テクニックもあったが、これを読んで私が受験生だったころの共通一次を思い出した。マークシート式問題というのは、要するにそれなりのテクニックがあるのだ。そうしたことを知っておくのも一つの攻略法と言えるだろう。

一方、英語講師やスポーツ選手などの学習術も読みごたえがあった。共通していたのは、「コツコツと続けること」。やはり英語学習に「最小限の努力で最大限の効果」などは存在しないのである。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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