第15回 ジャンク・カルチャーに目覚める
またひとつハードルを越えました。私の人生は、目の前のハードルを1つひとつ越えることの連続です。
先週、ピューリッツァー賞と全米批評家協会賞をダブルで受賞した『オスカー・ワオの短く凄まじい人生(原題:The Brief Wondrous Life of Oscar Wao)』の著者、ジュノ・ディアス(Junot Diaz)と翻訳者2人(都甲幸治/久保尚美)の対話を通訳する仕事をいただいたのです。ファンタジー小説、SFやRPGに夢中なオタク青年――。
私にとってまったくの別世界。「大丈夫かな。通訳ができるかな」と不安でしたが、本人に会ってみると「コトバ」こそ別の世界だけれど、好感がもてる普通の人だったのです。しかも、非合理なことの多い社会、その陰で生きる人たちを気取らず、奢らずありのままに描いている「本物人間」に思えたのです。聴衆からの「ジャンク・カルチャーとは何か」という質問に対し、「マスコミや公の場で言ったら首になる、あるいは取りあげてもらえないことを言う場であり、異論を受け入れてくれる器として重要な役割を果たしている」と答えていました。マスコミなどに造られる時流に流されず、自ら考え発言できる社会は、その重要性を理解した人が造っていくしかない、と改めて思った仕事でした。
仕事が終わり、壇上でノートなどを片付けていたら、ジュノがつかつかと(と言っても2~3歩でしたが)やって来て、「Keep being a communist…」と言いながら、何日か剃っていない髭顔で私の両頬に軽くキスをしました。「いつまでもコミュニストでいろよー」ということだったのでしょうか。私は、なんとなく仲間にしてくれたのかなと思い、悪い気がしませんでした。
堅物の私をいつも笑う私の子どもたちが知ったら何と言うだろうと思うとおかしくなりました。「ママも進歩した」と言われるかしら?
原 不二子
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