INTERPRETATION

Vol.28 駆け出しから一流へ-Part1-

ハイキャリア編集部

中国語通訳者・翻訳者インタビュー

【プロフィール】
神崎龍志さん
10歳から14歳までを中国・北京で過ごし、後に東京外国語大学中国語学科へ進学。大学卒業後は銀行に就職し、同行を退職後、サイマルアカデミー同時通訳コースに入学。その後はフリーランス通訳者としてビジネス会議から学術分野、政治関係、国際会議など幅広い分野にて第一線で活躍。現在も放送通訳を中心に通訳者としてご活躍される一方、明海大学教授、サイマルアカデミー講師として通訳の指導にも取り組まれています。

渡邊:本日はインタビューをお引き受け頂き、ありがとうございます。実は私も中国語通訳者を目指しており、大学生の頃にサイマルアカデミーの体験授業に参加したのですが、私にとって初めてお会いした通訳者が神崎様でした。

神崎:本当ですか!?全く覚えてませんよ(笑)。

渡邊:ですよね(笑)。でも、本日このような形でまたお会いすることができて、本当に嬉しく思います。早速ですが、最近の通訳のお仕事はいかがでしょうか。

神崎:放送通訳がメインになりました。オンラインでの通訳をすることも時々ありますが、最近はフリーの頃のように数をこなしているという感じではありません。教育にシフトしてきたということはありますね。

渡邊:今回は通訳のお仕事についてだけでなく、通訳者を目指す上で必要な準備や勉強について、先生目線からのお話も伺えたらと思っております。まずは、通訳を教える上で難しい点はどこにあるのでしょうか。

神崎:教員の思い通りにはいかないということです。一人一人のセンスや勉強量などによって学生や受講生の伸び方は異なります。伸びが顕著な人もいれば、一生懸命やってもなかなか伸びない人もいる。そこには自習の仕方など様々な原因がありますから。私は日本語ネイティブなので日訳を教えるのが中心ですが、注目している点は日訳の質とリスニングのレベルです。どのくらい意訳をして、どのくらい聞きやすい日本語にできるかという部分にその人のセンスが出ます。そして、その大前提となるのが中国語のリスニング力。日本語はきれいだけど、リスニングのレベルがまだ低い段階にあるという人もいるので、この2点を中心に教えていきます。

渡邊:中国語のリスニングについてですが、有効な勉強方法はございますか。

神崎:最初は原稿のある教材がいいと思います。学習の初期段階であれば、まずは中国語のニュース原稿を自分で音読できるようにする。自分で発音できないと聞き取りもできませんから。リスニングの練習をする段階になったら、ある程度分野を絞った方がいいと思います。例えば、今ならロシア・ウクライナのニュースに限定して聞くことで、地名や固有名詞にも慣れていきます。関心のあるテーマや仕事に関係のある内容を題材にすれば、気持ち的にも入りやすいし、専門用語を含め日本語の語彙を知っている可能性も高いので、少し近道になるんじゃないでしょうか。

渡邊:ベテランの通訳者でも専門外の分野では聞き取れないことがあるのでしょうか。

神崎:それはあります。まずは単語が大事です。暗記はしなくてもいいですが、単語を整理して用語集を作った方がいいですね。初めての分野で通訳をする際には、どれだけ準備をしても分からない言葉が出てくる可能性があります。そういう時には、どんなベテランでもその分野では素人になるわけです。私がいつも失敗やミスを強調するのは、ベテランでもそういうものはある程度前提にして臨まないといけないと思っているからです。もちろん事前に調べつくすことも大事ですけど。

渡邊:授業の中で、この人は優秀な通訳者になるだろうと感じる瞬間はございますか。

神崎:それはあります。ポイントは声や日本語の言い回し、言葉を話すタイミング・止まるタイミングなどです。授業中にいいなと感じた時、私は「今の訳いいですね、通訳者っぽいですね」って言うんですよ。それは本人に直接言います。でもそれは「あなたは通訳者に向いてますよ」ということではありません。そこまでは分かりませんから。ただ、その場でその一言を訳した時、その人は通訳者っぽいんです。

渡邊:神崎様が以前通訳学校に通われていた際、ご自身の通訳スキルの向上というのはどのような面で実感されていたのでしょうか。

神崎:一つは先生にちゃんと評価してもらうことですね。受講生本人はなかなか進歩を実感しませんが、先生目線で見ると伸びている人は半年くらいでわかりますし、逆に伸びていない人もわかります。そういったことは受講生にちゃんと伝えます。それで本人が気付きを得るかは分かりませんが、まずは先生に聞いて自分のことを客観視することが大事だと思います。次に中訳についてですが、日本人の中訳は非常に大きな課題で、なかなかすぐには伸びないんです。発音や文法、語彙力などの問題もありますが、難しいのは長文です。日本語の長文を長文のまま中国語に訳すのが難しい。そしてそれは構文をどのくらいうまく使えるかということになります。私の場合、中国人の書いた文章の中から1センテンスをそのまま書き写して覚えています。単語集を作る感覚で文体集も作っていくと中国語のアウトプットに非常に役立ちます。

渡邊:やはり文単位が大事なんですね。中国語を読んで意味は分かっても、自分が話す時に同じように言えるかというと、「この表現は出てこないな…」ということがよくあります。

神崎:それを自分でいかに言えるようにしていくかということが重要です。単語とか四字熟語とかとっつきやすいところばかりに目が行きがちですが、そうじゃないということですよね。色んな所にスポットを当てないといけない。

渡邊:先日、現場で初めて通訳をさせて頂いたのですが、やはり拙いスキルで出せる訳には限界があって、まだまだ基礎のレベルが足りないなと感じました。この拙い通訳を何回も繰り返すことと、もう一度じっくり勉強し直すこと、どちらを優先するべきなのか分からなくなってしまいました。

神崎:いやいや、現場経験は繰り返した方がいいですよ。現場に出て、勉強もした方がいいと思います。まずは現場を経験して自分の何がだめなのかを実感する。そして勉強に戻って、勉強と経験を混ぜ合わせる。そこで気付くことがあるはずです。全く別の分野や違う案件でもミスにはきっと特徴があって、ダメだった部分は共通しているはずです。例えば、表現の拙さとか長文がうまく訳せないとか。それは単語とか専門知識を入れ替えても残る骨組みのようなところがまだしっかりしていないということ。そこに何をぶら下げるかというのがその人の専門になってくるのですが、まずは専門を取り外した骨格の部分を自分で見つめる。そういうことだと思います。

渡邊:そのコアな部分というのは現場での失敗を通して見つけていくのですね。

神崎:そうです。それがどういう失敗だったのかを分析すること。単語を知らなかったとか、言い回しが悪かったとか、文脈が聞き取れなかったとか。あとはインプットとアウトプットのどっちが良くなかったかとか。どっちも良くなかったなら、各々どこがどう良くなかったのか。細かいミスは多種多様なので、そこを見つけて補っていくことが大切です。きっと最初のうちはあれもダメ、これもダメってなると思いますが、それは一つ一つです。知らなかった単語や知識を一つ一つ、分野ごとに整理していくしかないですね。

渡邊:通訳スキルが上がると会議の中でも失敗は1~2ヵ所ほどになって、その数が少ないと対処や克服もしやすいと思うのですが、駆け出しの頃は全部がダメだと感じます。

神崎:そうなんですよ。だから結構落ち込むんですよ。

渡邊:先ほど神崎様が「何がダメだったかを分析する」とおっしゃいましたが、私の初現場については、もう全部がだめで…

神崎:でも、何かしら取柄もあると思います。発音が良かったとか、リスニングが良かったとか。もしくは「あの瞬間のリスニングはとても良かった」とか、それでもいいんですよ。前段階のところは非常にうまくいっていたのに、専門的な話になったらダメになったということであれば知識の問題になりますよね。どの段階に行ったときにダメになったのかというのも自分を見つめ直す時の一つの切り口です。

渡邊:全部がダメで、「もう自分はだめだ…」というような状態になっても現場に出る意味はあるのでしょうか。

神崎:もちろんあります。最初はそうですよ。私も駆け出しの頃は、原稿があるところはすらすら訳せても、Q&Aになったら全然訳せないということがありました。そしたら先輩に「すいません」って言いながらやってもらって、先輩も「しょうがねえな」みたいな感じで(笑)。最初はそういう恥をかくものです。

渡邊:現場で聞き取れない部分があった場合はどのように対応したらよいのでしょうか。通訳学校の授業なら、聞き取れない部分があったとしても、間違いを恐れずに聞き取れた部分だけを繋げて堂々と訳せますが、先日現場に出た際にはどうするべきか迷ってしまいました。

神崎:難しいですね。スピーカーが言っていないことをいかにも言っているように訳すのはおかしいので、駆け出しの頃に一人で現場に出てそうなってしまったら仕方ないですね。相手もプロなので、「この通訳者わかってないな」ということはすぐにわかります。でも、その状況にも耐えて、乗り越えていかないといけないので、そこをどう捉えるかですよね。もちろん、その段階で現場に出てはいけないんじゃないかという判断もあります。ただ、通訳者の立場からすると、ある程度ダメな段階でも、全然経験のない段階でも、現場に行くというのは大事なことだと思います。初期の頃にお薦めなのは、軽めの商談会や展示会での通訳ですね。私は駆け出しの頃にエンジニアリング会社に2週間ほど通いました。分からない単語はその場で質問してメモに残していき、1週間の中で少しずつ通訳のクオリティを上げていく。それはいい勉強になりましたね。

渡邊:デビュー当時に日頃の勉強や現場の中で意識していたことは何かございますか。

神崎:とにかく単語を集めること。文法とか会話能力には自信があったので、専門用語を落とさなければ通訳ができると思っていました。まず単語の意味を知って、それに対応する実物を現場で見て、自分の中で現実味のあるものにしていく。最初の頃はそういう積み重ねが大事だと思います。

渡邊:内容的にこれは無理だと思って断った案件はございますか。

神崎:それはベテランになってからもあります。これはやらない方がいいなと感じる案件もあれば、3回くらいやってやめた案件もあります。慣れない仕事というのはたまにあって、私にとってそれは医療関係でした。実際のオペの様子を国際会議の会場に向けてリモートで発信する生同時通訳をやったことがありますが、言葉がカタカナ用語ばかりで全然日本語に聞こえないんです。それを中国語に訳していくのは本当に大変でした。

渡邊:カタカナ用語ばかりでわからない時はどうされたのでしょうか。

神崎:隣の人に教えてもらったり、分からない単語は飛ばしたこともありました。だけど、クライアント側もそれでいいと仰るんです。クレームが来たわけでもないですから。でも、それでいいと言われても自分ではいいと思っていないので。自分で手応えを感じられず、自分の訳をコントロールできないと思ったら、それはやらない方がいい。それが責任を取るということだと思って、それ以降はお断りしました。

渡邊:1994年の国連環境サミットで同時通訳をされていますが、これは通訳デビューをされた初期の頃ですよね。レベル的にはいかがでしたでしょうか。

神崎:まだ駆け出しの頃で、みんなすごいなと思いながらやっていた気がします。当時は他の案件も難しかったと思いますが、国連だから大変ということではないです。むしろ環境分野は楽な方です。気候変動やPM2.5みたいに問題が決まっていて、専門用語も揃っているので準備がしやすいんです。首相の通訳とかも確かに大変で緊張しますが、首相だからといってこれまでに全く聞いたことのない言葉を話すわけではありません。むしろ大学の学会や特許、知的財産権などの通訳の方が大変です。専門用語が多い上に、単語が分かればいいというわけではなく、何というか、話が理解しにくいんです。その点では環境系の通訳よりもレベルが高くて大変ですね。

渡邊:神崎様は色んな分野や形態の通訳をご経験されていますが、声がかかったら内容に関わらず引き受けるという姿勢だったのでしょうか。

神崎:そういう時期は必要ですね。当たって砕けろになりますけど、それが許されるのであればやった方がいいと思います。その中でたまに大きなミスをしてクレームが来ることもありました。以前、台湾の議員と日本の議員との間の通訳をしたことがあるのですが、原稿がなくて台湾議員の名前が分からなかったんです。話の中で議員の名前がたくさん出てくるんですけど、全然話が通らなくて…。私の訳を聞いている日本の議員も「何言ってるか分からない」みたいになっていました。「次の日は他の方に来ていただきます」って言われたのは一生忘れないですね。

渡邊:私もいつかそういう経験をしそうです。

神崎:そういう経験も大事です。なるべくリスクは避けた方がいいですけど、避けられないリスクもあります。そこをどう考えるかですね。可能であれば通訳者はエージェントに相談した方がいいと思います。事前に打ち合わせの時間を設けてもらうことができる場合もありますから。

<次回(Part2)では神崎様の駆け出しの頃のお話を中心に伺います。>

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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