Vol.24 神崎 龍志さん「常に自分は不完全という気持ちで」
今回は中国語通訳者の神崎龍志さんに話をお伺いしました。現在、トップクラスの通訳者として活躍する神崎さんですが、社会人になるまでは通訳という仕事に目を向けていなかったとのこと。それが今では、通訳を天職と感じているそうです。神崎さんのプロ意識の高さ、そして留まるところを知らない向上心をひしひしと感じたインタビューです。
【プロフィール】
神崎 龍志 さん Tatsushi Kanzaki
10歳から14歳までを中国・北京で生活する。東京外国語大学中国語学科卒業後、銀行に就職。退職後、サイマルアカデミー同時通訳コースへ入学。修了後、フリーランス通訳の道へ進む。現在、フリーランス同時通訳者、サイマルアカデミー講師として活躍中。その他に、エッセイ執筆、中国語ナレーションなどもおこなっている。
Q.子供時代に中国で生活していた頃のお話を聞かせて下さい。
両親の仕事の都合で、10歳から14歳まで北京で過ごしました。現地の小・中学校に通ったのですが、最初は中国語が全く話せずもどかしかったです。ただ、外向的な性格だったので、初めて学校に行ったその日から中国人の同級生たちと身ぶり手ぶりを交えて積極的にコミュニケーションしていました。そのせいもあってか、幼少時に私たちが自然と日本語を覚えていくように、中国語も自然と身につけることができました。母が言うには、約半年で中国語を習得できていたようです。
Q. 帰国後さっそく中国語関係でご活躍されたそうですが。
帰国後、間もなくNHK教育番組「中国語講座」に、中国人の子役として2年ほど出演しました。非常に貴重な経験でした。
Q. 大学でも中国語を専攻されていますが、その時すでに将来の職業として通訳を視野にいれていましたか?
当時は通訳という仕事は全く意識していませんでした。自分の中国語はせいぜい中学生の会話レベルだったので、中途半端なままではいけないと思い、大学ではもう一度しっかりと中国語を勉強したいという気持ちがありました。自分が幼い頃から母(神崎多實子氏)が中国語通訳をしていて、父も中国関係の仕事をしていたので、通訳という仕事に関しては、むしろ反発を感じていました(笑)。当時は、両親とは全く違う道に進みたいと思っていましたね。
大学卒業後、先輩の誘いをきっかけに銀行に就職しました。けれども自分には向いていないと思い、一年ほどで辞めてしまいました。その後、しばらくは自分にはどんな職業が向いているのか、何がしたいのかと悩みましたが、結局、通訳者を目指し、学校に通うことにしました。
Q. 通訳になるための勉強で、一番苦労したことは何ですか?
大学時代にすでに通訳らしきこともやっていたので、中国語には相当な自信を持っていたのですが、いざ通訳学校に入ってみると、会話がいくら達者でも通訳ができるわけではないことがすぐに判りました。同通コースで学んでいて、確かに少しずつスキルは上がっている実感はありましたが、実際、現場に出てみるとそこは全くの別世界、要するに全然ダメでしたね。
会話は問題ないのだから、あとはセンテンスの中に専門用語をはめ込んでいけば流暢に通訳できるのだろうと安易に考えていましたが、実際にはそんなに甘いものではありませんでした。覚えるべきことは、大量の単語以外にも独特な言い回しやフレーズが無数にあり、とても一朝一夕で身につくものではありません。また、会議の準備のやり方にしても、経験を積まないうちはツボの押さえどころがなかなか把握できませんでした。
ただ、現在は私が通訳を始めた10数年前とは違って、インターネットで検索ができるので、こと情報収集に関しては飛躍的に便利になりましたね。
Q. 毎回、仕事でどのくらいのメモを取るんですか?
会議の分野や難易度にもよりますが、1回の仕事で、5号という小さなキャンパスノートにして平均10ページぐらい書き込みます。1ページに18行あるので、最低でも18個の日中対訳の単語やフレーズを書くようにして使っています。
Q. 毎回、新たに覚えるべき単語がそれほどたくさん出てくるということですか?
会議に臨む前に、当然のことながら頂いた資料をもとに、ひと通り新旧の単語を整理しておきます。ただ、どんなに一所懸命準備しても、記憶の曖昧な単語が、現場で必ず出てきます。そういう時に単語帳の助けを借りるわけです。
あとは、与えられた仕事で、せっかく知らない単語やフレーズに出会えたのに、メモして残しておかないともったいない、言葉がいとおしいという心理が働いてしまうんです。だからそれだけの分量になってしまうんです。
Q. 単語帳を充実させておけば、準備万端で仕事に臨めるわけですね。
完璧に準備するというのはなかなか難しいですね。会議には必ずと言っていいほど質疑応答やフリーディスカッションが入ります。当然、質問も応答も内容は全く予測不可能で、いつ知らない言葉が飛び出してこないとも限らず、毎回ハラハラドキドキです。万が一、意味不明な言葉が聞こえてきたら、すばやく辞書を引くか、同時通訳においても逐次通訳においても大抵、パートナーがいるので、メモ用紙にさりげなく書いて教えてもらうなどして、どうにかしてその場を切り抜けます。逆に、パートナーがつまずくこともあるので、そういう場合はこちらもすばやくメモして教えてあげたりします。持ちつ持たれつです。
Q.通訳する際に、特に苦労することは何ですか?
中国語通訳の大変なところは、コンピューター、IT用語などが典型的ですが、日本人がカタカナ英語を多用し、それをひとつひとつ中国語に訳さなくてはならないことです。現在では多くの業界で、中国側も日本側も英語でPPT等の資料を作成してくるので、結局、我々はひとつの単語に関して、日本語、中国語、英語の三か国語を知っておかないといけないということになります。勿論、同じ分野の会議を繰り返し経験して、ある程度慣れてくれば、初めの頃よりは準備も現場でも手間は減ってきますが、苦労が完全になくなるということはありません。
今でもそうですし、この先もずっとそうだと思いますが、毎回の現場が仕事の場であると同時に、学びの場でもあります。常に自分はまだ不完全である、もっとうまく訳せるはずだ、自然に表現できるはずだという意識を持って、日々新しい語彙や言い回しを身につけようと心がけています。
Q. 記憶に残るような失敗談はありますか?
これは失敗談というより困ったことなんですが、以前、英語交じりの中国語で講演する台湾人の同通をした時のことです。当日、日英通訳者がいないにも関わらず、その方は自分の英語力を誇示したいのか、ひとしきりが英語でしゃべると、今度はしばらく中国語で、またしばらくすると英語で話を続けるという……本人は非常に気持ちよさそうでしたが、こっちははっきり言ってお手上げというか、冷や汗たらたらで、大迷惑でした(笑)。
あとは、2年ぐらい前の会議で、講演者の方言があまりに強すぎて何を言っているのかさっぱり判らなかったこともあります。浙江省の人だったんですが、多少、訛っている人なら別に珍しくもないのですが、こちらが終始、ほとんど聞き取れないほどの訛りというのは未だかつてなく、忘れられません。
また、テレビの生同通で、こちらは原稿がないのに、話者は原稿の棒読みで数字などを訳し間違えたこともあります。あまり思い出したくない記憶です。
Q. 通訳の魅力を教えて下さい。
クライアントや参加者に喜んでいただけた時、喜びを感じます。会議通訳ならば、コミュニケーションが最後までスムーズにいけば、実に気持ちいいものです。
また、自分の興味ある分野や得意分野の通訳は基本的に楽しいものです。特に、私淑している学者や芸術家などの通訳を仰せつかった時は、かなり興奮しますね。ただし、そういう方達がみな通訳しやすいようにしゃべってくれるかというと、それはまた別の話ですが。
あとは、ここ数年、新聞やインターネットで、以前、通訳させていただいた方々の訃報に接することもあるので、通訳という職業をやっていたからこそ、この方達の生の声を聞くことができたと感謝しています。
多くの分野の方達との出会いと、その中で貴重な話を通訳しながら間近に聞くことができる、それが通訳の醍醐味でしょうね。
Q. 将来の夢、あるいは目標を教えて下さい。
もっとも身近なことでいえば、通訳能力をさらに向上させていくことです。
また、サイマルアカデミーで教え始めて数年になりますが、最近ようやく教えることの喜びも感じられるようになってきたので、後進の通訳者の育成にも力を入れていきたいです。
それから自分の通訳経験をもとに、しっかりと情報を蓄えながら、現場に出なければ書けないような内容の濃い通訳教材をいずれ出してみたいです。
Q. もし通訳者になっていなかったら、何をしていたと思いますか?
ミュージシャンを目指していたでしょうね。昔から音楽が好きで、打楽器、弦楽器、民族楽器、電子楽器などはすでに結構、買い込んでいます(笑)。ここ数年間は三線、ウクレレなどを使って仲間と沖縄民謡のライブをしています。今後も、時間の許す範囲で音楽活動を続けていきたいです。
Q. 趣味や息抜き方法を教えて下さい。
ウォーキングと読書(最近は海外ミステリー)、あとはやっぱり音楽鑑賞と楽器演奏です。仕事に打ち込むのは当然のことながら、趣味も充実させることができれば最高です。
【神崎さんの所属バンドのCDジャケット】
*こちらのURLでも試聴可:http://web.me.com/hidemix2/sanshin/Recording.html
Q. 通訳を目指されている方へのアドバイスをお願いします。
通訳は、相手と会話ができて、通じさすればそれでよいというわけではないのですから、日本人にとっても中国人にとっても、発音がとても大事だと思います。通訳の発音が不正確だと、現場でのコミュニケーションに齟齬が生じる可能性も出てくると思うので、きちんと自分の発音を矯正してくれる人(ネイティブ)が周りにいるといいですね。発音は、語学学習の基礎段階で散々やったから、いまさらやる必要はないというのではなく、中級・上級になっても発音のチェックは怠ってはいけないと思います。
また、用語やフレーズを聞いて判ることと、それらを自分の言葉として現場で自然に使えることというのは全く別の事柄だということを強く意識しながら、独自の単語帳やフレーズ集を作って表現力を高めていくことが、上級クラスを目指すためのポイントだと思います。
厳しい世界なので、誰でも頑張れば必ず通訳になれますよなどとはとても言えませんが、短期間ではなく、5年、10年、20年と長期にわたって頑張っていく覚悟のある人であればいつか通訳になれるかも知れません。この職業は、現場での経験を積めば積むほど自分の至らなさが明確に見えてきますから、その分、レベルアップするためのポイントもはっきりしてきます。同時通訳を15年以上続けてみて感じるのは、毎年、自分がどの程度、進歩したのかかなり実感することができるようになってきたということです。失敗を恐れず、むしろそれを栄養分にしながら持続していくことが大事だと思います。
【七つ道具の電子辞書と単語帳】
- 電子辞書:日⇔中(和英、英和辞書搭載のもの)
【編集後記】
通訳者として、そして講師としての両方の立場から話をお伺いしましたが、本当に素晴らしい講演を聞いたような気持ちになりました。インタビュー後、神崎さんの所属するバンドの音楽も聞かせていただきましたが、これまた完成度の高さに驚かされました。本当に聞き入ってしまう素敵な音楽でした。仕事でも趣味でも、本当に真剣さがうかがえます。
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